3.にきび畑にて 〜
わたしのにきびが嫌いですか?わたしは脳のちょうど10%を占めるくらいあなたの消滅を願っています。17の、初夏にくるまれたあの日、わたしはカラフルな錠剤たちを大量に飲みこみました。そのことをいまだに怒られているのか、一体どんな理由でかは知りませんが、にきびはその頃からわたしに根づいたのです。
にきび畑には今が盛りと焦ったにきびたちが飛び出し、実をつけて、麦藁帽子が風に揺らめく内側にその真っ黒な瞳を宿す一凜はいます。
赤いのだったり紫になってしまったの、黄色く膿んだのグレーなの、種類分けされていない畑はミックスビーンズのように出来あがっていました。
壮介は隣で汗をかいています。穴から見事に這い出ることは叶いました。
「今年も見事だわ」
「なんですかこれ」
「にきびという食べ物よ」
「にきびは食べ物じゃありませんよ」
「じゃあいったいなんだって言うの」
一凜は壮介の肌を見ていました。今朝ばばが作ってくれたレタスとハチミツと肉ののったライ麦パンを思い出していました。
「さあ、さっぱりと忘れてしまいました」
「おいしいわよ。しぼって瓶に入れるの。夏はねいっぱい実るから贅沢に毎日飲んでしまうのよ」
二人は畑に入ると収穫を始めます。針で穴を開け、そこに持ってきた瓶を添えるようにして満杯になるまでじっとしていました。
「少し飲んでしまったら?」
壮介は口をつけないように口を大きく開けてにきびを流しこみ、
「なんか、しょっぱいです」
とだけ言いました。
「夏にいいでしょ」
「この間森になっていた木の実のほうが甘くておいしかったです」
肩をすくめて
「へんな舌」
「どっちが。おれがですか?」
「うん。まあでも、人になんてほぼ会わないから、あなたのほうがおかしいなんてことはないわ」
一凜は両手で大事そうににきびを飲みました。
「わたしたちは、ばばとわたしはここを畑って呼んでいるんだけど、群生しているだけで誰も育ててはいないのよーーーもしこうやって手入れしなかったらにきびはここに湖でも作るのかしら。それが海に向かって流れるなら森にいたあなたは溺れて死んでいたのかしら」
「死んでいたらこうして話もできなかったからあなたがにきび畑を管理してくれていて助かりました」
一凜はそう聞くとうつむきました。
「いつもひとりでいたからまだあなたと手紙のやり取りをすることもこうやってお出かけすることも慣れなくて、
そうね、死体でいてくれたほうがうまくばばに調理でもさせると思うからわたしは大変でなかったわ」
壮介は逸らすように話をかぶせてふにゃりと露わに笑いました。
「でも、今日の朝散歩していたら海辺でひたすら剣を振っている男を見ました。知りませんか?」
「あの辺りには行ったことがない。わたしは毎日退屈で時々頼まれでもしたように動いてしまうことはあっても、何かを知りたいと思ったことなんてないのよ」
「またこうやってこの辺のこと教えてください。おれが見つけた場所にも行きましょう」
まばたきます。ありえないことを聞いた感じ。
「ええ…いいわよ。時間はたっぷりあるもの。退屈すぎるほどに。早く収穫を終わらせなきゃね」
瓶をいっぱいにするのにそれほど時間はかかりませんでした。
「残りはどうするんですか?」
「また取りに来ることもあるし、枯れることもあるわ。枯れたにきびの皮はナイフで削いでしまうの。野菜や果物を包んで焼いたり蒸したりすると絶品だから」
「万能なんですね」
「さあ、どうかしら。あなたの言った海まではそう遠くないんでしょう。その人にもお裾分けすればいいわ」
「じゃあおれは瓶ののった箱を引く係ですね」
一凜は薄く唇を伸ばすように笑わせました。
海へふたりは向かい、でも誰も剣を振る男に話しかける者は現れませんでした。
昔物語を書いていた頃の感覚になれて楽しいです。