2.疳の虫探し
わたしというやつは昔から癇癪持ちだったそうで、よく癇癪をおこすから、かんきり寺に連れて行こうか迷ったほどだと母親は言っていました。わたしは疳の虫に寄生されているそうなのです。
一凜は森の中にあるお屋敷に帰ると、自分の部屋の本棚から『虫』と背表紙に書かれた一冊の図鑑を取り出します。蟻、蜘蛛、触手うにょうにょ、ヤゴ、アマガエル、げじげじ……。ページを繰れど繰れど、疳の虫は見つかりません。どうやらこの地に疳の虫が出現した記録は残っていないようです。うーんと机に図鑑を置くと一凜は伸びをして、また森に戻ろうと立ち上がりました。お屋敷のばばさんが作る鶏肉とブロッコリーのドリアの焼ける匂いが頭をぼやかします。外はやけに暗くなり始めました。
わたしは禍々しい、黒くてどろっとした塊を量産し続けています。わたしの身体には入る場所も出る場所もついているけれど、実際は排出する機構が機能していません。常に便秘です。口はかろうじて働いています。げろも歌も吐けるから間違いないのです。それでも肌が裂けそうなほど黒い塊が膨らんで、耐えれそうにありません。外部にばれないよう少しづつ流してきたというのに爆発して消し飛んでしまいそうなのです。
ある時、トンネルを掘るように好きだったトンネル屋に頼みました。「助けて」「へるぷみー」「それさえしてくれればもうしつこくしたりしないわ」。トンネル屋はうんともすんとも言わずわたしの前を通り過ぎ、コンビニの前でタバコを吸い始めました。救う力を彼は持っていても、わたしは対価を差し出すことができなかったから受け付けてもらえなかったのです。わたしにあるのはマグマのような黒い塊くらいしかなく、それを彼が必要としているわけもなく、感情が高ぶって指先の爪と肌の間から流れ出しても見ようともしなく「自分で歩けているじゃないですか。おれから見れば立派なものですよ」とだけ言います。
この叫びが聞こえないのか。このマグマが見えないのか。もう口は一言も発せなくなりました。透明な糸で縫われました。
爆発を収めるためのトンネル建設計画は見事に失恋に終わったのでわたしはカンナで皮膚を削り始めました。四角い穴をいくつか作れば解消されるでしょう。分厚くて一向に辿り着きません。それで分かりました。
こんな太い身体が爆発するわけがない。
歩いていると、男が頭の部分を除いて土に埋まっていたので、一凜はびっくりして数歩後ずさりをしました。「あなた、どうしたの?誰にされたのかしら?」「おれはずっとこうですよ。気づいたらこうですよ」「ずっとそうでも埋まってるのは苦しいはずよ。何かできたらいいのだけれど、土をどかせるほど力がないの。そうだ、食料を持ってきてあげる」「おれは何も君にはできません」なさけない顔をした男に一凜は微笑みます。「大丈夫よ。見つけたわ。気づかない?疳の虫よ」男はさっぱり分からないという風に首を振りました。一凜は男に「何かに喋りかけるように言って。なんでもいいから」
男はわけがわからなそうでしたが、ぽつんと言いました。「おれは何をしたの?」。一凜は静かに耳に手を当てます。がさごそと茂みから動きがありました。そちらを見ると、肌色の瓜みたいな形をした生き物がずりばいをしてこちらにやってきます。ゆっくり、あまりにとろいので、一凜と男は息を止めすぎて窒息してしまいそうになりました。
「君がかん、の虫?」男が尋ねると生き物の身体にしわが寄ります。逃げる様子はありませんでした。一凜はそっと疳の虫を触ります。
「なんだ。かわいいものね。ほら、あなたもどうぞ」一凜から疳の虫を受け取ってすぐ、男は身体を振り回して「うわあ」と投げ、一凜は「えー」と叫びます。「あつい」「あつい?」「あつい。ものすごく」飛んでいったところまで一凜が駆け寄って触れてもやっぱり熱くありません。下の草を触ってみました。指が灰になったのかと感じるほど熱いです。「そうみたい。あついんだわ」「それ、どうするの」「でも、この子をあなたの近くに埋めれば毎晩夜風に当って冷えた身体を温めてくれるし、わたしは持ち運べるから、水を沸騰させたりもできるんじゃない?」「遠くにやるしか考えつかなかったよ」「だからこんなことになるのよ」男はもう悩みが何もかもなくなったかのように笑っています。「待ってて。夕飯とお風呂を準備してあげるわ。いったん家に帰らせて」「もちろん。絶対帰って来てくれよ。そして時々でいいからここに寄って欲しい。寂しいから」「それはもちろん!もうお友達だから」お日さまが落ちようとしていました。一凜は疳の虫を抱えて走り出しました。
わたしは今凪のように落ち着いています。すぐにやってくる津波が見えます。また膨らんで弾けない。苦しい。
わたしは信じているけれど、まずそこにいるのかも分かりません。夜が明けました。おはようございます酸化マグネシウムさん。
全然面白くなくてどん引きなんですけど、ここまで書いたので見てください。バイト受かりました。嬉しかったのもつかの間、会社が適当疑惑です。