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ピノキオピー『Aじゃないか』 それぞれのLOVEと悪とは? 考察
Aじゃないか(えーじゃないか)とは、
2024年1月26日公開、
ボカロPである、ピノキオピーさんの113つ目のボカロ曲です。
現在400万回再生 いいねは10万と、かなりの人気です。
価値観の違いからなにかと差し違えるファンを、初音ミクと鏡音リンに置き換えて描かれています。
なお主はまだ学生のため、言葉遣いが荒かったり、間違っていたりします。
気付いたら編集しに戻ってきます。
ご理解ください。
AとB、ふたりの人格
私は説明が下手で、前置きなしに良い説明ができないので、私がこれから使う用語を最初にまとめておきます。
コンテンツ・・・作品の集まり
例:星のカービィ ポケットモンスター
作品・・・ひとつひとつ
例:星のカービィ64 ポケットモンスター赤・緑
この曲に多々出てくるアルファベット、
Aは鏡音リン、Bは初音ミクで、
ポジティブなことを言うAと、ネガティブなことを言うBで、ずっと喧嘩しています。
一見ファンのAとアンチのBが口論しているように見えますが、実際はどちらもファンで、同じコンテンツと作品ひとつひとつを愛しています。
では、元々ポジティブ思考なファンAと、元々ネガティブ思考なファンBが口論しているのか といえば、そうではないと、私は考えました。
このやりとりは、
コンテンツにつまらない作品が出た時の、AとBの反応の違いが引き起こした、喧嘩 なのです。
A(鏡音リン)はどのようなファンか
Aはもちろん、Bと同じコンテンツと作品のファンです。
Bと比べて、ファン同士で仲良くしたいという意識が強いようです。
‘’あなたにとってのLOVEが
私にとっての悪だった‘’
という歌詞があり、AとB それぞれのLOVE(愛)と悪があると考えられますが、
Aにとっての
LOVE(愛)とは、
コンテンツが好きなら、どんなにつまらない作品が出てきても、作品と、作品の製作者をまんべんなく愛すこと。
(‘’かわいい かっこいい サイン欲しい‘’などから)
悪とは、
好きなコンテンツと作品、そして作品の製作者を批判すること。
……だと、考えていると思われます。
B(初音ミク)はどのようなファンか
Bも、Aと同じコンテンツと作品のファンです。
ですがAと違い、いわゆるガチ勢です。
Bにとっての
LOVE(愛)とは、
作品が良くないと思えばはっきりと良くないといい、次から改善してもらうことで、作品をより愛され よく売れるものにしていくこと。
悪とは、
コンテンツ全体を見て 総合で作品を評価し、作品一つ一つをしっかりと見ることができないこと。
……だと、考えていると思われます。
AとBのLOVE、悪が見事に対になっていますね。
まさに、
‘’あなたにとってのLOVEが
私にとっての悪だった‘’
お互いの印象
Bから見たAは、
・コンテンツに薄っぺらい愛を持っている
・どこからどう見てもつまらない作品を、過度に賞賛する
・なのに自分の考え方に対しては、そんなこと言わなくても‘’ええじゃないか‘’と言ってくる
そして歌詞にもある通り、
‘’大好きだったら無罪?‘’(大好きだったらこんな愛し方でいいのか?)
‘’雲の上で偉そうじゃないか‘’(態度デカすぎ)
と思っています。
Aから見たBは、
・作品が好きなくせに批判ばかりする中二病
・反感精神がすさまじい
・作品を改善してよりよくしようと考えるなど、安全主義すぎる
そして、
‘’なんかキモいから有罪?‘’(変な人)
‘’反骨精神ってイタい?‘’(イタい人)
と思っています。
このお互いの見え方は、MVに登場するお面とも関係があります。
A(鏡音リン)はひょっとこのお面
B(初音ミク)は狐のお面イメージで、つけている場面もあります。
MVでは、
AがBについて何か言うと狐のお面
BがAについて何か言うとひょっとこのお面が、画面に出てくることから、
お面はお互いの印象の象徴であると考えられます。
お面の由来や意味について調べてみました。
ひょっとこは、かまどの火を竹筒で吹いて火をおこす、「火男」(ひおとこ)が語源であると伝えられているそうです。
また こちら側にあるひょうたんには、除災招福(災いを除き、福を招く)の意味があります。
つまらない作品を過度に盛り上げるところ(火をおこす)や、
Bはコンテンツが好きなくせに批判する、邪魔者だと思っているところ(除災)
仲間が欲しい ポジティブなところ(招福)
などが、イメージにピッタリなのではないかと思いました。
狐のお面は、
稲荷神社の使いである狐のお面であり、狐は、金運・商売繁盛の神です。
ですが狐は妖狐としても知られており、怨念や復讐心を持つものとして恐れられてきたそうです。
作品をよりよくして、作品を有名にさせようと考える(商売繁盛)
けれど、Aに対して良くは思っていない(怨念や復讐心)
少し悪い感じがピッタリですね。
結果、相手のLOVEを認めずに悪と捉え、都合よく欠点ばかり見たAとBは、喧嘩になってしまいました。
Cの存在
さて、ここまで Aの鏡音リンと、Bの初音ミクが喧嘩している原因について考察してきましたが、
「Aじゃないか」にはCが存在すると、私は考えました。
Cが出てくる歌詞とその前後一覧です。
Aじゃないか いや Bじゃないか
みんな違って素晴らCじゃないか
Aじゃないか いや Bじゃないか
分かり合えなくて悲Cじゃないか
Aじゃないか いや Bじゃないか
いやC いやD 決めつけあE
Aじゃないか いや Bじゃないか
殴りあって 痛々Cじゃないか
A(鏡音リン)とB(初音ミク)の2人で歌っていることが多く、‘’卑しい‘’(多分) ‘’悲しい‘’ ‘’痛々しい‘’ などの、客観的な歌詞が多めです。
2人で歌っているとはいえ、この歌詞は AとB 2人の考えではないと私は思います。
喧嘩真っ只中なのに、急に冷静な視点から、やり取り全体を見わたすことはできません。
なのでCは、たまたま喧嘩を目撃しただけで、AとBが好きなコンテンツとは無関係者である
または、
製作者や超長年のファンなどのAやBより愛のある 何事も全体を見渡せる人だと考えられます。
そして あまり目立たない無関係者Cの人数は最も多く、AとBの喧嘩を客観的に見て止められるのは、Cだけなんです。
しかしこの曲のように、Cの「考え方がみんな違うのは素晴らしいこと」という意見はファンに届きにくいのです。
まとめ
同じコンテンツのファンであっても
コンテンツと製作者をまんべんなく愛すことが愛だと考えるAと、
作品に意見をはっきり言い、改善することが愛だと考えるBは、
考え方が真反対だったことにより、お互いの欠点ばかり見て、喧嘩してしまいました。
それを見ていた無関係者Cは「分かり合えなくて悲しいじゃないか」「喧嘩は痛々しいじゃないか」と言いますが、AとBには全く届きません。
価値観、考え方がみんな違うことは、素晴らしい。
なのに価値観が違うと、欠点を見がちになって喧嘩してしまう。
誰かから見た欠点は、実は自分だけの愛であったりする。
喧嘩を客観的に見ることは、一番の解決策である。
こんなことを、ピノキオピーさんは 伝えたかったんじゃないかと思います。
個人的な余談
考察をするうえで、AとBのなんとなくの人格が掴めてきました。
簡単に言うと、
Aはグッズを買うタイプで、
Bはゲーム自体をやり込むタイプ かなぁと思いました。
私は小5から現在にかけて、AからBに近づいてきました。(Bのようにやたらと批判しまくらないように心掛けてはいますが)
私 ゲームは下手ですがゲームを愛しています。
これが悪だと感じるファンも、愛だと感じるファンもいるでしょうが、喧嘩しないようにしないとですね。
読んでくださり、ありがとうございました!!
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