彼と生きるを考える。

岐阜の居酒屋の営業も3ヶ月目が始まった。

先日、彼が前の職場でお世話になった方からお家で出来る服飾の仕事をもらったらしく
その詳しい話しをしがてら食事をするという事で連絡が来たそう。

席を用意し待っている。
平日、天候は雨。
それまで他の来客は無かった。

彼がお世話になった方(以下:Yさん)は2人での来店。
女性と一緒に来た。
カップルかなーと思いながら接客する中で
彼女と意気投合しお酒も進んだ。 
仕事の話しもひと段落して、
今日は飲むぞ!とYさんはシャンパンを何本も開け煽った。

突然、
「君、若いのにパートナーに彼を選んで正解だよ!」
とYさんが言う
前情報ではカミングアウトはしてなかったはず…
と思いながら
「そうですね〜今のところはー!」
とはぐらかす。
Yさんは全てを察している様に
「大丈夫!いろんなパートナーがあるから!」
と言った。
話を聞くと私が意気投合した彼女はいわゆる愛人だった。
そんな告白とともに告げられたのは

「俺、癌なんだってさ…」

Yさんが言った。
余命が大体決まっているようで
彼の目の奥は諦めに満ちていた。

私はこれまで、死について真剣に考える機会がなん度もあった。
彼を引き止める言葉を必死に探し、自分の体験や残された人達の悲しみ
今から行く先には苦も楽もない。何もない。
色んな事を私なりに必死に伝えようとした。
Yさんは「もう悔いない!やり切ったよ!」と笑いながら言う。
私は飲み込まざるを得なかった。

パートナーの彼女がトイレへ離席ししばらくして流れる音が聞こえたが戻ってこない。
思わず彼女のいる洗面所へ駆けつけた。
彼女の気持ちは手に取る様に分かった。
Yには本妻がおり自分はあくまで“パートナー”
彼が死んだ後どう振る舞えばいいのか
大切なものを抱えながら親族にはどう接したらいいのか
私は涙目の彼女を抱き締める事しかできなかった。
洗面所で少しだけお互いの辛さを分かち合って席にもどった。

戻った頃にはYさんはすっかり出来上がっており、彼女にもたれ掛かった。
なんとかお会計を済ませて外へ。

雨が降る夜。
タクシーを呼ぼうとすると、
「ちょっと歩きたいんだ」とYさん。
店に置いていた自分の傘を彼女に持たせ
私は思わずYさんを抱き締め耳元で呪いの様に
「貴方は死ぬべきじゃない」など、つらつらと呟いた。
ただ生きろと言う願い祈り呪いだ。
段々悪ふざけのようになり、
「お前力強いな!44歳なめんなよ!」と押し返すY。
「20代なめんなよ!!」と力技で返すと
何故か軽い喧嘩口調になった。
「おぉ、やるか。」と
グッと胸ぐらを掴まれ、同じくらいの力で掴み返した。
その時改めてYさんと目が合った。
目の奥は正気に満ち溢れていた。

私が最後の呪いを口にしようとしたとき、
酔いも回っていたせいか
噛んでしまった。
「大事なところで噛むんじゃねーよ!!」と怒られた。
また目を合わせニコっ笑いながら胸ぐらから手を突き放し
「じゃーな!」と手を降るY。
「バーーーカ!!」と幼稚な返しをして店に戻る私。
もっと早くに出逢いたかった。 

見送った彼が戻ってきて、
残された二人、涙を堪えながら店の片付けを始める。
バカはさすがに失礼か…
謝りがてら最後の呪いをもう一度掛けてやろうと店を飛び出した。

雨はさっきより強くなっている。
大通りを挟んだ先には泣き崩れる人影と
大人の男性の大きな泣き声が聞こえた。
私はたたずむ事しか出来なかった。
視界はただぼやけていて
雨なのか涙なのか。

大通りに背中をむけ出来るだけ流し切る。
それらを拭い店へ戻ると、涙目の彼がそこにいた。
みんなに長生きして欲しい。
出来れば幸せであってほしい。
また笑顔で乾杯をしたい。
切に願った。

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