23.[新生活スタートat NMSU]
みなさん、こんにちは〜!
今日は前回の続きで、なぜ私がまた大学に戻ることになったのか、その経緯をお話しようと思います!!
私は1月10日に再渡米しました🇺🇸入国の時、コロナのことについて何か聞かれるんじゃないかとドキドキしていましたが、普段と何も変わらなかったのでビックリしました!
現在ニューメキシコ州ラスクルーセスと言う町で隔離されています😭
そう、ここラスクルーセスにあるニューメキシコ州立大学にこの1月から転校することになりました!笑
転校?あなたもうワシントン大学卒業してるんじゃないの?って感じですよね…笑
新型コロナが流行る前の私の予定としては、2020年6月にワシントン大学を卒業して、その後8月に行われるはずだったアメリカのQ-schoolに挑戦する予定だったんです。
しかし、コロナの影響でそれはキャンセルになってしまい、9月に行われるはずだった日本のプロテストもエントリーをしていましたが、それも2021年3月以降に延期と言うことで、さてどうしよう…このままじゃ試合が全くない!と話していた時に、大学に戻って来ないか?と言うお話を頂きました。
アメリカの大学スポーツを管理しているNCAAと言う大きな組織があるのですが、その組織がアメリカの大学でスポーツをするに当たって細かいルールを決めています。
その事は別記事でお話しているので、そちらをご覧ください!
本来であれば、大学4年間しかプレーする事を認められていませんが、今回このコロナの影響で昨年の最後の大きなシーズンがなくなってしまい、特に4年生からこんな終わり方はない!と言う意見が多かったため、特例として5年生としてもう1年大学に戻ってプレーする事が認められたんです!
これは自己判断なので、強制ではありません。
もちろん、文武両道が規則なので大学でまたプレーをすると言うことは授業も受けなければいけません。
始めは私はもう勉強がしたくなかったので、全く大学に戻るつもりはなかったのですが、試合が次々とキャンセルされて行く中で、流石に試合間がなくなってしまうのもな…と思い、大学に戻る決心をしました。
本来ならば、母校に戻るのが普通ですが、ワシントン大学はもう戻るスポットがないと監督に言われてしまい、やむを得ず転校することになりました。
転校するに当たって、自分の名前をTransfer Portalと言うところに載せると、全大学の監督がどの子が転校を考えているのか一目瞭然になるので、そこから自分を見つけて興味を持ってくれた監督がオファーを出してくれます。
私は最後の最後までニューメキシコ州立大学とジョージア大学でとても悩みましたが、奨学金のことを考えて、もう既に大学は出ているのでこれ以上両親に負担をかけまいと、奨学金の額でニューメキシコ州立大学に決めました。
9月から大学に行こうと思えば行けたのですが、コロナの状況もまだ酷くて、秋シーズンは試合がなく、それで授業だけ受けに戻るのもおかしな話だったので、大学院に行くわけでもないので変な立場ですが、1月から5ヶ月間だけ在籍することになりました。
なので、私の最終学歴はワシントン大学卒業のままです。
2月から5月まで試合が開催される予定なので、本当に最後の大学生活を新しい環境で新しいチームメイトと頑張りたいと思います⛳️
にしても…ここはとてつもない田舎です!!!
前はシアトルにいたので大都市と田舎で全く違った場所に住んでいますが、5ヶ月だけだし、こんなところにはもう住むこともないと思うので、人生経験だと思って楽しみたいと思います😊
参考までに街並みの違いをご覧ください😂
(シアトルの街並み)
(ラスクルーセスの街並み)