人間観察、日常、夢。
町の焼き鳥屋さんの、大きな提灯がくたびれてきた。付喪神(つくもがみ)がいるのなら、裂け目から舌を出しても不思議じゃない。
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映画の登場人物が、その人の家に帰り、荷物を置き、着替え、TVやエアコンをつけたりする。役者さんが、登場人物の「日常」を、演技によって肉付けしていく。
不思議な夢を見る。知らない場所なのに、私だと思われる「誰か」が、鍵をいつもの場所に置き、私の知らない「誰か」が今日は帰ってこないと、少し寂しそうにしている。実生活はもちろん、映画や小説で見た覚えもないし、他人の人生が混線したかのようだ。
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テーブル付きのベビーチェアに座った子が、食べたいけど睡魔に抗えず、うつらうつらし、「はっ」と気がついて少し食べて、またうつらうつらする様子を、連想する出来事があった。
バギーを押したお母さんの隣を、「私、お姉ちゃんですから」と、キリッと歩いている女の子がいた。お夕飯の話か何かで、希望をたずねてもらえたのだろうか。全身で喜びを表現し、スキップする感じに、弾む。
着地して「はっ」と気がつき、子供っぽいことしちゃったとでも考えている感じに、難しい顔をする。そして、何もなかったように、お姉さんモードを装う。
そんな様子を見守っている、お母さんのまとっている空気感が、とても温かい。
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気配りの達人で、怒って牙を見せることもなく、晩年は通学路の小学生達のアイドルをやった、うちの子(犬)は、とても優しい子だった。
尻尾が「の」の字のように、綺麗にカールしており、尻尾を垂らしていることは、まずなかった。機嫌良さを保ち、よく振っていた。
この子は、散歩の途中で待つ必要がある時は、おすわりか伏せのことが多かった。家族の足音が聞こえるなどで、立って尻尾を全力で振る時もあった。
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一方通行の細い道を歩いていた私は、車が通りやすいように、道の端に避けた。やり過ごした車を見送るでもなく眺めていると、散歩途中の小型犬が、道の端で仁王立ちしていた。わずか数kgの存在なのに、意志の力を感じる。
「ご主人を守るのは私」「待てって言われたから、車に道を譲ってあげるけど、おすわりも伏せもしないんだからね」といった、気概を感じる立ち方だ。
でも、吠えたりはしない。
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日曜日もやっている小児科から、やや疲れを帯びた男性と、小学2年生くらいの女の子が出てきた。女の子は、少しご機嫌斜めだ。
背の高いお父さんが、身をかがめて何か尋ねている。
「あっちの公園行きたい」と、女の子がはっきり意思を伝える。
「なら、車来るからね、手をつなごう」と、差し出した大きな手のひらを、女の子が小さな手で「ん」と握った。
いつの間にか、男性の疲れた印象も、女の子の機嫌の悪さも無くなり、穏やかな空気感が残った。
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保育園児を連れた保育士さん達が利用したり、早朝に太極拳をしている方もいる、大きめな公園がある。熱くなれば、日焼けした子達が、大きな水鉄砲を抱えて、遊んでいたりもする。
女の子とお父さんが向かったのも、その公園だ。
公園は幾つか入り口があるけれど、落とし物は、一番人の出入りがある、北側の入り口に置かれることがある。
詩の題材になりそうな、すみれ色の涼しげな帽子が、そこに置かれていた。別の日には、赤いベビー靴も見かけたことがある。ハンカチも置いてあることがある。
落とし物が迷子にならず、それぞれにお迎えが来てくれることを、祈った。お迎えを待つ頃の、心細さを思い出しながら。