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10th_score記念短短編

『真実の英雄譚』

SpecialThanks
【ギリグリヨ】さん
「夢か現かなど、どうでも良い。力こそ我が真実」
【乙枝ふみや】さん
「痛みを感じると興奮する。
 身体のアドレナリンが沸き立つんですよ。
 心に受ける傷も、身体に受ける傷も、あなたともう一度死合えるなら、この時間を楽しみたいのです」
【城山薇】さん
「きみは”ごめん”で済む世界にいるんだね」
【オトヤ】さん
「この世の中には頑張ることも頑張らなくてはいけないこともない。
ただ、頑張ったことがあるだけだ。結果というね」
【荒山くん太】さん
「皆この街が好きなくせに、
 この街の人間になろうとしない」
「それであなたは?」

●〇●〇


英雄は、後世に語る者が決めるものだ。

 誰が何を成しても、何を成さなくとも、後世に語る者が声高らかに叫べばそれが大衆の真実となるのだ。


 そこに間違いはない。


 たとえ、それがまったくの的外れだったとしても、結果だけを見れば、その誰かの成した成果はこの結果のために成したのだ、と言って『何も問題がない』。


 それでいいではないか――

 そう言えないのは、当人だけだろう。


 だから私はここに、私の真実を綴ろうと思った。


 これを書いてどうなるとも思っていないが、ただ、残しておくべきだと思ったからだ。


 すぐに信じる必要はない。

 ただ、いつかこの場所が、痛みも歴史として抱えられる優しい場所となった時、少しだけ考えて欲しいのだ。

 ここがどのような場所で、どのような礎の上に成った場所なのかを。



 事の始まりは、その日、地を揺らす途轍もない爆発音とともに警鐘がけたたましく叩き鳴らされたことから始まった。


 私はこの街の花街で生まれた。まぁ、という推測にすぎないが。

 物心つく前にはこの街の孤児院で他の多くの者たちと共に暮らしていた。

 私が捨てられたのか、引き取られたのか、聞いたこともないのでわからない。それに今はどうでもいい話だろう。


 親の顔も知らないわけだが、私たちの年代でこの街で育った者であれば別に珍しくない育ちだ。

 ここはそんな場所だったのだ。


 街のほど近くにある採掘場からは魔法の触媒となる希少な鉱石が掘り出され、その採掘の為に人が集まりいつの間にか街になっていたような、そんな間に合わせの場所。


 ここには多くの種類の人間が集まったが、その中でもとりわけ数が多かったのが、採掘をする者とその護衛。


 護衛は、鉱石によって生まれた凶悪な化物を倒すのが役目だ。


 坑道では虫や獣が、鉱石の影響を受けて訳の分からない化け物に変わっていた。

 それを駆除し採掘人を護衛するには、一人では不十分で、採掘人一人頭三~五人で護衛することが多い。

 つまり、採掘人が多ければ、その五倍は護衛として稼げる人間がいたわけだ。


 子供の頃の私は、算術をできる頭なんて持っていなかったわけで、沢山だというのは理解していたが、想像もできない、溢れる程、としか形容できない数だった。

 だが今になって具体的な数字を考えてみれば、途轍もない数の需要がここにはあった。


 誰でもなれる、誰でも稼げる。

 そんなものがあったのだ。


 伝手も学もない、酒場と花街で日銭を稼いでいた子供が、一獲千金を夢見て足を踏み入れるには、十分な理由だろう。


 大枚叩いて買った武器と防具に身を包み、初めて売り込みをかけた時のことは今でも覚えている。


 雇ってもらうのは意外と簡単なのだ。

 雇い主としては五人が六人になっても金の問題はない。それくらいには千金を得られる場所なのだから。

 あとは相手の機嫌がいいか次第になってくる。


 初めて化物と戦った時は、恐怖よりも、大金を得られる期待の方が大きかったように思う。

 本来ならそう簡単ではないのだろう。大怪我をして人生が終わった様な人間もいくらでも見た。


 が、幸いにして、私には多少の才能があったようだ。

 もしかしたら蒔かれた種が良かったのかもしれない、と顔も知らない親に感謝をしたこともある。


 そんな順風満帆に欲望を満たせるだけ満たす生活が唐突に終わりを告げたのが、その日の事だった。


 それよりも以前から採掘量の減少には気づいていた。

 だがそれでも需要が減ることは無く、数多くの人間が生活を営んでいて、よしんばこの好景気が終わるとしてもそれはもっと先の話だろうと思うのは間違えていなかったはずだ。


 だが、それは唐突に終わりを迎えることとなる。


 その日、坑道で大規模な爆発が起こった。

 採掘に出ていた者たちは誰一人として帰ってくることは無かった。


 当初は爆発物を用いた採掘をしようとした者の誤爆かと思われたが、その後調査に向かった集団も二度目の爆発によって、ほとんどが失われることとなる。


 調査団の生き残りの証言によって、その爆発が坑道内に居座る何者かによって引き起こされていることがわかった。


 採掘場への接近は禁止され、この街にいる者は国から寄越される討滅隊によってその何者かが処理されるのを待つことになった。


 鉱石の独占、国との交渉……

 その頃はそんな陰謀に思ったものだ。


 しかし、国から討滅隊が派遣されればすぐにこの事態も収束し、元のような生活に戻るのだとも思っていた。


 討滅隊が壊滅するまでは。


 採掘場へと繰り出した討滅隊が何日もの間帰還しないことに疑問を抱いていれば、討滅隊の一人が瀕死の体で街へと戻ってきたのだ。


 その数日後のことだ。

 国は、この採掘場を放棄した。


 今思えば、産出される鉱石量と奪還に掛かる費用対効果を考えた結果だったのだろうと納得できる。

 その後もほんのわずかに採掘場へと繰り出す者たちもいたが、帰って来る者はいなかった。


 そんな状態が続き数日、この街はもぬけの殻となった。


 当然と言えばその通りなのかもしれない。

 この街の価値は採掘場であって、みな稼げるからここにいたのだ。

 その価値が失われればここにいる意味もなかったのだろう。


 ほとんどの人間がこの街を去り、一瞬にしてかつての活気の失われたこの街で、私はここを離れることができていなかった。


 理由は今でもはっきりとはわからない。

 ただ、別の街に移住するという考えが浮かばなかったのだ。


 数少なくなった街に居た者も、次から次へと街を出て行く。

 その中には顔見知りも多くいた。


 その日も、比較的親しくしていた知り合いがこの街を出ていくのを見送り、彼の乗った馬車が去ってゆく街道の先を眺めながら、道の端に座り込み、自分はこれからどうしてゆこうかとぼんやり考えてしまっていた。


 長い時間そうしていたからなのかもしれない。


「なにしてるの?」


 私に話しかけてきた人が居た。


 目深に羽織ったローブコートで一切姿は見えなかったが、声で女性だとは気づいた。


 私は、気にしないでくれ、と答えたが、その答えでは彼女は納得しなかったのだろう。

 私の横に腰を下ろし、居座り続けた。


 何故居座るのかと問いかけたら、気にしないで、と言われた時には面を喰らったものだ。


 しばらくぼーっとしていたが、彼女も何をするでもなくそこにいた。


 そんな空気感に私は耐えきれなかったのかもしれない。

 あるいは、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


 そのうち、ぽつりぽつりと、胸に蟠っていた色々なものが口から溢れていた。

 それはこれからどうしたらいいのかという不安もあったが、何よりも、採掘場が無くなってしまっただけで、この街を去ってしまった多くの者への不満だった。


 この街はどうしようもなく欲望しかない街だったが、それでも私はこの街が好きだったのだ。

 別に豪華な生活は出来なくても構わない。元は日銭を稼いで生きていた身だ。

 だが、日銭を稼ぐ場すら無くまともに生活すら送れなくなってしまうほどにもぬけの殻となってしまったこの街は、今正に廃墟へと歩みを進めている。


 それを引き起こしている去っていった皆への不満。それがどうしようもなく心を埋め尽くしていた。

 ぐちぐちと口をつく言葉の数々を彼女は適当な相槌すらなく、ただただ聞いてくれていた。

 それが心地よかった。


「皆この街が好きなくせに、この街の人間になろうとしない」


 私のそんな少し奇をてらった言い回しは、学のない私なりの異性に対して精一杯の見栄だったのかもしれない。


「それであなたは?」


 彼女はその言葉に対して、初めて言葉を返した。


 その時なりの言い方をするのであれば、私はこの街の人間だから、まだこの街いるんじゃないか、という返答が口から出ようとしたが、それよりも先に、彼女は口を開く。


「いずれにせよ、そのうちこの街からは誰もいなくなるよ」


 そう。

 そうなればどうやって生活すればいいのか、当時の私にはわからなかったし、そうなる未来はすぐそこまで来ていた。


 私は選択しなければならなかった。

 他の皆のように、この街を去るか、あるいは『何か』をするか。


 何もなくなるこの街で、何をすれば生きてゆけるのか、そんなのわからない。
 だからどちらか、と言いつつ天秤のもう片方は空白のまま。


 どうしたら……

 そう考えこんだ私の横で、彼女は言う。


「この世の中には頑張ることも頑張らなくちゃいけないこともないから」


 正直そんなことを言われても、意味がわからなかった。

 彼女はこの世を知っていて、私はこの世を知らな過ぎた。


「あなたは、この街を元に戻したいの?」


 そう問われて、どうだろう、と考える。

 確かに昔の活気は好きだ。だが、そうではない。活気を取り戻すのはどうでもいい。


「おれは、この街が皆の帰ってくる場所だと思ってたんだ。

 だから、何かあってもみんなで守ろうって、なるって思って…… けど……」

「それはおしまい。もう無い未来でしょ? あなたはこれからどうしたいの?」


 そういった私の言葉に、答えた彼女の言葉は、今思い出せば大分冷たくも聞こえるが、ぐちゃぐちゃになっていた私の心の絡まりをほぐしてくれたように感じた。


「やりたいことを、やりたいなりに、考えてみればいいよ。

 その行き着く先で、」


 そこで言葉を切り、振り返った彼女のフードを風が煽り、下が僅かに覗く。


 その顔には見覚えがあった。

 どこだったかは思い出せなかったが、それでも顔の傷と首の痣には見覚えがあった。


「ただ、頑張ったことがあるだけ。

 『結果』っていう」


 フードを直した彼女は、言葉を続けた。


「できそうなことをやってみたらいいんじゃない?

 精一杯やってみて―― 話はそれから」


 そう言って、その場を去った彼女と次に会うのは、思わぬところでとなる。


 できそうなことを。

 そう言われてそれから数日、不安や不満はさておき、ぼーっとするのをやめて、何ができるかを必死に考えた。


 思い返せば『愚か』の一言しかないが、その時の私はそれしかないとすら思っていた。


 もしかしたら、もう死にたかったのかもしれない。

 当時の私にはどれだけ考えても、結局最後まで何もなくなったこの街で生きていくにはどうすればいいかなんて思いつかなかった。生きて生活してゆく未来が見えなかった。


 だから最後に挑戦戦してみようと思ったのだろう。


 しばらく使っていなかった防具と武器を身に纏い、


 その日、私は採掘場へと向かった。


 倒そうと思っていたのか。交渉の余地があると思っていたのか。

 今では思い出せないし、想像もできない。


 しばらく足を踏み入れていなかった採掘場は、当然だが変わらずそこにあった。


 手にした灯りをともし足を踏み入れると、坑道独特の湿った空気が肌を撫でる。


 奥へ奥へと歩みを進めると、とあるタイミングで奥から女性の声が聞こえてきた。

 それは、つい先日聞いたばかりの聞き覚えのある声。


 早足にさらに奥へと進み、声のする方へと向かう。

 声の発生元へと近づくにつれ、話の内容も聞き取れるようになってきた。


「もうあの街は何もなくなったよ? 満足?」


 何者かにそう問いかけた彼女に対し、その何者かは返す。


「僕がいなくなれば、またあの街はあの街に戻る」


 その場にたどり着いた私は、隠れて話を聞くなんてこともせずに、そのままその場へと入った私にその場にいた三人の視線が注がれる。


「誰だ? 何をしに来た」


 彼女でも、彼女と会話をしていた、彼女同様フードコートを目深に被った何者かでもない、その場にいたもう一人、片手に抜身の剣をぶら下げた傷だらけの細身の男がこちらへ問いかけてくる。


 どう答えればよかったのか。

 今の私は、その時何を考えていたのかすら分からないのだからわかるはずもない。


 その時の私ももしかしたらどうしたらいいかわからなくなったのかもしれない。

 咄嗟に腰に帯びた剣を抜いてしまった。


 それを見た何者かが呟く。


「ほら、まだこういう奴がいる」


 細身の男が剣を手にこちらに歩み寄ってくる。

 何の確証もなかったが、切られると思った私は、その細身の男へと先に切りかかった。


「まって!」


 彼女の声が聞こえると共に、私の振った剣は空を切り、細身の男の剣が私の腕を撫でた。

 それだけで剣は防具なんてまるでただの布切れように切り裂き、私の腕を深く傷つける。


 腕から血が滴り、急速に目前まで迫ってきた死への実感に震えが止まらなくなった。

 化物たちとは散々戦ってきたが、それとこれとは話が違い過ぎた。


 そんな私を見てうっすらと笑う細身の男の表情が今でも頭に焼き付いている。


 そこに割って入ってきたのは彼女だった。

 情けない話だが、堂々とした彼女の後ろに隠れて安心した私がいた。


「この人は、あなたの目的には関係ない人だから」

「ならどうして、ここに来ているんだ? なんで剣を抜いた?

 そいつだって、結局はあの街の人間だ」


 それは…… と彼女が口ごもり、こちらに目を向ける。


 そこまでいってようやく、自身の安易な行動が彼女を不利にしてしまっていることに気付いたのだから救いようがない。


 会話のなくなった空間で、相手が深いため息を吐く。


「もういいよ…… 結局君は優しすぎる」

「いいのか?」


 にたにたと、先ほどよりも一層の笑みを浮かべた細身の男がフードの男へと声を掛けた。

 それに対して、少し間を開けたフードの男は吐き捨てるようにつぶやいた。あるいはそれは、子供が不貞腐れた時のようにも聞こえた。


「……もういいよ」


 それを聞いた瞬間、細身の男はこちらに切りかかってきた。

 彼女はコートの下に隠れていた剣を抜き、男の剣を受け流す。


 彼女の剣は、正式にどこに剣を習ったわけでもない私でもわかるほどに、訓練し、努力された剣だった。


 男と彼女が切り結ぶ。

 何度も彼女のコートの端が刻まれ、何度も男の肌が刻まれた。

 それはまるで二つの嵐がぶつかり合っている様にも見えた。


 切り傷から血を滴らせた男は、掌でそれを乱暴に拭い取り叫ぶ。


「あぁっ……! これだっ! これだっ!」


 歪んだ笑顔で見開いた瞳は、すでに彼女しか映していなかった。


「痛みを感じると興奮する!

 あのゴミどもは、人を刻んでおいて自分が刻まれるとなれば命乞いしかしやがらない!

 アドレナリンが沸き立つぞ」


 興奮した様子で叫びを上げる男は何度も、何度も彼女へと切りかかる。


「この時をずっと待っていたんだ!

 心に受ける傷も、身体に受ける傷も、この瞬間の為に!

 お前ともう一度死合える、この瞬間の為にあったのか!

 もっとこの時間を楽しませてくれ!」


 何度目かわからないぶつかり合いの後、ただ冷静に彼女は口を開いた。


「やめて。意味ないから。

 死合いになんてなってない。あなたの妄想。現実を見て」


 男はもうほとんど正気には見えず、あくまでも冷静に言葉を発する彼女は、どこか煽っている様にすら思えてしまった。


「これが夢か現かなど、どうでも良い!

 この戦いの中の痛みこそが真実!

 我が生き方そのもの! 我が全て!」


 男の上げる狂気の咆哮にその時の私は腰が抜けてしまったのを覚えている。


 「そう……」


 彼女のつぶやきが私の耳に届く。

 そこには悲し気な響きを含んでいたように思えた。


 男が彼女に乱暴に飛び掛かる。


 が、男が上げた剣を振り下ろす瞬間は、来なかった。


 男の、剣を持っていた腕が飛び、剣が腕と共に宙を舞う。

 終わりかとも思えたが、その瞬間、首元へ噛みつく様子を見せた男を彼女は蹴り飛ばす。


 男は、落下し地面に突き刺さった剣の柄に噛り付き、なおも彼女へと襲い掛かる。


 何度も何度も。


 剣を咥える歯が砕け、顎が外れてもなお、身一つで。


「優しいから、そうなる」


 フードの男が呆れたように呟いた。


「私はっ……!」


 苦しそうに叫びを上げた彼女は剣を握り直す。


「……ごめんなさい」


 震える声で謝罪の言葉を発した彼女が、男の首を刎ねる。


 ごとりと頭が地面へ転がり、頭を失った男の身体はその場で崩れ落ちた。


「ごめんなさい」


 物言わぬ躯となった男の身体を前に、再度懺悔を行い、静寂が空間を包んだ。


 静寂は、フードの男によって破られる。


「彼が死ぬまでに間に合わなかったな。

 発動までは彼にきみを抑えてもらおうと思っていたんだけど」


 フードを外しながらそういった男の顔は、いくつもの傷や火傷で引きつり、髪も半分が抜け落ちた無残なものだった。


 それらは明らかに人為的に付けられたものであり、何があったのか、何をされたのかは、その時の無知な私でもわかった。

 同時に、なぜ男があの街を恨むのかも想像できたような気がした。


 今までのあの街は、ひたすらに欲求を満たすことができていた。

 そして、人間、欲求が満たされれば最後に求めるものは決まってしまっている。


 他者の上に立ちたい。そういう欲だけだ。


 男は、その犠牲者だったのだろう。

 そういう者があの街にいることを知らなかったわけではなかった。


 面白半分の暴力沙汰を見てみぬふりをした時だってある。

 もし関わってしまえば、その矛先が私に向くからだ。


 私はその時、男の行動に妙に納得してしまったことを覚えている。


 男の言葉が私には何のことかわからなかったが、それを聞いた彼女は剣を構え、男へと向けた。


「やめて。あの街にはもう何もないって、わかっているでしょ?」

「何度も言っているけどね、僕はあの街に無くなって欲しいんだ」


 その答えを聞いた彼女は、あきらめたように口を開いた。


「……ごめんなさい」

「きみは、まだ『ごめん』で済む世界にいるんだね」


 男がつづけた言葉は、謝罪することそのものが意味のない行為だという意味でもあったのだろうし、受け入れたうえでなお許せないという気持ちの表れだったのかもしれない。


「いいよ―― 僕はもう誰も『ゆるさない』」


 するりと一足に男の元へと近づいた彼女が男に向かって剣を振るうが、剣は男に触れた場所から液体のようにはじけ飛び、あたりに散らばってしゅーしゅーと音を上げる。


「魔法を使わないんだね? そこのが巻き込まれないようにかな?」


 男が私を指さしてそう言った。


「ここでは使おうと思えばいくらでも魔法が使えるんだから、魔法なしじゃ意味ないよ?

 現実を見な?」


 そう言われたのと同時に、彼女の手元に幾重にも重なり合った複雑な模様が輝き始めた。


 当時は魔法というものを見たことは無かったが、今思えば、あれは相当に高度な魔法だったことがわかる。


 それを見た男が、ため息をつきながら口を開いた。


「僕は別にもういいけどね。君はまだ死にたくないんだと思っていたよ」


 高度な魔法は高度であるほど、魔力の動きが激しい。


 魔法は魔の法、魔力は魔の力と言われる通り、生物が取り込んでいい力ではない。

 だからこそ、それを利用可能なまでに軽減する触媒としてこの場所から採れる鉱物が必要なのだ。


「私も、正直あの街は嫌いだけど、あの街はあの街のままの姿には戻らないって信じてるから」


 そう言葉を紡ぐ間にも、手元の模様は輝きを増し、軽く咳き込んだ彼女の口からごぽりと血の塊が溢れる。


「あの街は、誰かの帰る場所になれそうだから。

 だから今はもう少しだけ、時間をあげるの」

「ほんとにきみは、優しすぎる」


 男の言葉と共に、閃光が視界を包んだ。


 その後、どうなったのかはわからない。

 世間では華麗なる戦闘劇の末の勝利と語られている。


 しかし、少し離れた森で意識を取り戻した私が坑道に走り戻った時には、既にそこには何もなかった。

 ただ坑道内を丸く抉り取ったような広い空間があっただけだった。


 どれだけの時間茫然としていたかはわからない。

 調査に来たというお綺麗な甲冑を着込んだ騎士たちに状況を聞かれて答えていたところからしか覚えていないのだ。


 もしかしたら、私は彼女に惹かれていたのかもしれない。

 たった一度、話を聞いてくれたのだって気まぐれだったかもしれない。

 今となって当時の気持ちもわからないが、もしかしたら。


 その後の調査隊によって採掘場の安全は確認されたことで、すぐ後はわずかばかりの採掘人とその護衛となる者たちが戻ってきたが、採掘量も減り効率が悪い上に、一度環境がゼロになった場所に一からあの活気が構築されることは無かった。


 一度見捨てられ、完全に活気を失ったこの場所は、皮肉にも空の家だけが多くある落ち着いた場所になった。

 坑道からは今もわずかに鉱石が採れるが、採算が取れないという理由で、近々ではもう採掘に来る者はいない。


 だが、ここは大きな街との行き来も大変すぎるというほど大変ではないし、当時は誰も気づきもしなかったが、畑をやれば良く育ち、森の恵みも多い。


 つまるところ、ここで生きるにはちょうど良い場所になったのだ。


 この街では、定期的に祭りがある。

 語られる英雄譚を歌う祭りだ。


私は、英雄ではない。

正味、何もしていないと言ってもいいだろう。

英雄というのなら、彼らと彼女こそをそう呼ぶべきだ。


 偶然ではあったかもしれないが、結果として、この街を人の帰る場所に変えた英雄がいたことを、私は知って欲しいのだ。


 いつか、そんな過去があったということを知り、私ではなく、彼らと彼女を歌う祭りがあって欲しいと思うのだ。



223-03-04

アルベルト・シーガル

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