元カレから3ヶ月ぶりにラインが来た
『傘、忘れてるよ』
私は『捨てといて』ってラインを送ったけれど、私物を残しておくのもちょっとなと思って、取りに行くことにした。
元カレに鍵の場所だけ訊いて、3ヶ月ぶりに元カレの部屋の扉を開けた。元カレは不在で、柔軟剤の匂いだけが部屋に充満していた。初めてこの部屋に入ったとき、元カレにドライヤーをしてもらった。そのときに初めて香った元カレの家のシャンプ一の匂いを、いまでも忘れられずに覚えている。
私は鍵をポストに入れて元カレのアパートをあとにした。
駅に向かいながら、元カレの部屋にまた傘を置き忘れたことに気付いた。すぐに引き返そうかと思ったけれど、今の彼氏から『まだ?』というラインが来たから戻るのをやめた。
結局待ち合わせには1時間遅れて、彼氏は
「ほんと遅かったね、せっかくの大事な服が濡れちゃったよ」
って、駅前のバス停で肩を落としていた。
私は彼氏の服に目もくれず
「雨の日に着てくるのが悪いじゃん」
と言いながら濡れた前髪をハンカチで拭いた。
「なんで遅れたの?」
「ちょっと、忘れものを取りに行っててね」
「ああ、元カレの家ね」
と、水溜りを傘でつつきながら言った。
「さっきラインの通知見えちゃってさ、元カレに会いに行ってたんでしょ?」
眉間にシワを寄せている。
「ごめんなさい」
私がすぐに謝ると、
「いいよ、別に」
と、彼氏は顔色の悪い空を見上げた。
そして私の顔を見て
「メイクもバッチリだし、いつもより気合い入ってる。チークの色も変えてるし。前髪は雨で台無しだけど、それはそれでかわいいよ」
皮肉そうに笑った。私はどこか心の隅で、元カレにまた会えることを期待していた。そんな自分が醜く思えて、涙で溢れたまぶたを手で覆った。
「メイク、崩れるよ」
彼氏は傘を開いて、私をバスを待つ人たちから遠ざけた。いつも彼氏は、私の変化にすぐに気付いてくれた。元カレでも気付けなかった前髪の長さや、首もとに付けた香水の匂いにまで、敏感に気付いてくれた。
「そりゃあ、気付くよ」
彼氏は、雨音が響く傘の中で言った
「元カレのこと、思い出しちゃったんでしょ?」
彼氏は、私のほほを手のひらで包んで言った
「最近の俺たちはさ、手も繋がないし、どこか遠くを見つめていることが多くなった。そろそろ離れてあげないとなーって考えてたよ」
彼氏は遠くを見つめてそう言った。
「俺は見送りたくないから」
彼氏は、私に傘を持たせて背中を向けた。
「待って、行かないで」
私は彼を呼び止めた。
彼は振り返って
「俺は、雨宿りになりたかっただけだから」
と、歩き出した。そんな彼の雨に濡れていく服は、彼と初デートで買った、お揃いのバンドTシャツだった。
私は彼を後ろから抱きしめた
「ほんとに、ごめん」
そう言って私は、彼の背中に顔を押し当てた。
「そんなことしたら、せっかくのかわいいメイクが崩れるよ」
そう言って彼は私の頭を撫でた。
「いままで、ありがとね」
彼はそう言って、私を抱きしめた。
「ほんと、ごめん」
彼の髪からは、私のヘアオイルの匂いがした。
「それじゃあ、行くね」
彼はそう言って私に手を振った。私はそんな彼の背中を、ただじっと眺めていた。彼の髪からは、私のヘアオイルの匂いがした。
彼は、元カレと違って、私にドライヤーをしてくれなかった。けれど、いつも鏡の隅には子どもみたいに私のヘアオイルを髪に付ける彼が映っていた。
『また勝手に私のヘアオイル使ったでしょ?』
『あ、バレた?』
『わかるよ、高いんだから』
『ごめんごめん』
『なんで使うかなぁ、』
彼は私に怒られながらも恥ずかしそうに言い訳を
した
『同じ匂いになりたかったから...』
そんな彼の笑顔は、もうどこにも見えなかった。
私は彼が拭いてくれた真っ赤なほほをまた濡らしてしまわないようにと、空を見上げて、ぐっとこ
らえた