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なっちゃん 第四話

「なっちゃん?今日帰るんなら、あと1時間くらいしかないよ。」
母の声が一階から聞こえる。
「わかった。もうすぐ降りるから待って。」

空港までの車は父の運転であった。母は助手席で、私は後部座席に座った。
特段、話は盛り上がらなかったが、父と母の何気ない会話にほっとしていた。
こういう家庭を築くにはどうすればできるだろう。お互いが気疲れしないようにするには。

阿波踊り空港に着くと、夕日が駐車場を照らしていた。夕日になっていたが、まだ外は暑い。でも風はなんだかヒンヤリするようにも思えた。
さっき変なこと思い出したからかもしれない。
夏子は、車の中で聞き出せなかった、隣のお兄ちゃんのことについて思い切って母に尋ねた。

「ああ、祐介くんね。1年くらい前に結婚したって言ってたわ。あそこのお母さんに聞いたわ。今はな、高松の会社に勤めているらしいで、お子さんもできたとか言ってた。」

なんか夢も希望もない絶望的な回答であった。
「やっぱり漫画みたいにはいかんもんやな」
夏子はそう思った。

「はいはい、私は僻み人生一直線ですよー。」
誰にいうわけでもない、自分にそうつぶやいた。

少し空港で手土産を買うと、父母と別れ、搭乗ゲートをくぐった。
平日であったためか、あまり乗客は多くなかった。
携帯を確認して友達から何のメッセージも届いていないことで、夏子はさらに僻みが増したようであった。

「平常運転、平常運転」
これも誰にいうわけでもないが口癖になっていた。

搭乗席は翼より少し後ろ側の窓際であった。
夏子はいつも飛行機に乗るときは、窓際に座るようにしていた。
たかだか1時間の飛行であったが、景色を見るのが好きであった。
東京についてしまうと、山を見ることができなくなってしまうからかもしれない。

「お隣座りますね。」

夏子がフライト前の滑走路を見ているときであった。
「あ、はいどうぞ。」

紺のテラードジャケットを着た30歳ぐらいの男性が立っていた。
話し方は阿波弁ぽくなく関東弁(いわゆる標準語)のように思えた。
夏子は男性に対して免疫がある方ではないが、初対面であがることはなかった。
いつも飛行機の中で隣の人に話しかけらることはなかったが。
(赤ちゃんが隣に座ったときは、可愛くてずっと見ていることはあったが)

今日は初恋のお兄ちゃんの思い出に浸ったこともあり、男性を妙に気にしていた。

「お仕事で東京に行かれるんですか?」
「え、まぁ。ずっと東京で住んでいるんですが、たまに帰省するんですよ。でも今回は変な帰省になってしまって、なんか自分でも変な気分なんですよ。あ、すいません。話し長くて。」

夏子は隣の男性の話の続きを聞きたくなってしまった。

「その話、なんか興味があります。私も昨日帰省したんですが、なんか親に騙されたというか。狐に化かされたというか。」
「へえ。それはまた。大変でしたね。」

隣の男性も夏子の話に興味を示していた。
隣の男性は、変に警戒するそぶりも見せずに話し続けてくれた。

「私の場合は友人から食事のお誘いがあったんですよ。いつもなら彼のほうが東京に来てくれて、私が店を探していたのですが、今回は知り合いの料理人がとびっきりうまい料理を食べさせてくれるというので、仕事はあったのですが、帰省しました。でも前日になってその食事会には裏があるなってわかったんですよ。なぜか私の両親も来ることになっているし、若い女性がその会に来ることもわかって見合いだなって勘付いてしまいまして。」

隣の男性は如何にもおかしそうに話をしているが、夏子は男性を凝視してしまっていた。
『まさか、こ、この男性が私の、お、おみあい相手!!!』

夏子は恐る恐る聞いてみた。
「えーと、どちらのホテルで食事会をする予定だったんですか?」
隣の男性は少し間をおいてから、次のように話した。
「あ、いやホテルではなくて鳴門の料亭だったと思いますよ。」

夏子は少し残念なような、それでいて、安心したかのような気持ちになった。

「やっぱり変な日ですね。私も親にお見合いを勧められてびっくりしてたんですよ。何の前ぶりもなく次の日とかにお見合いとか言われて。」

隣の男性は何か言いそうになって、言葉を飲み込んでいた。
夏子はそれに気づかず話続けていた。
「でも、途中でお見合いしてもいいかな。と思ったのも事実なんですよ。自分の変化に驚いたけど。なんだろ、親を安心させてあげられるならいいかなとか。それに私、ちーともモテないので、結婚?しちゃってみんな驚かせてやろうかななんて。。。」

夏子はしゃべっている内に、頬をつたう水滴を感じた。
夏子の両目から大粒の涙が滲み出ている。
隣の男性を見つめたまま、じんわりと湧き出した涙が頬をつたい、自分の手の甲に落ちた。
「ご、ごめんなさい。」
声にもならないくらいの小さい声は、唇を僅かに震わせた。

隣の男性は、優しそうな目で夏子を見ると、そっと水色のストラップ柄のハンカチを取り出し、夏子の目頭に当てた。

「とってもビックリしたんだね。それに自分の想いも押し曲げてしまっていた…」
夏子は男性からハンカチをそのまま受け取ると、溢れ出る涙をそれで拭った。それでも涙は溢れ出す。
男性は困ったという顔をするわけでもなく、そっと頭を撫でてくれた。ペットを撫でるようではなく、もっと親しみをもった撫で方をしていると夏子とは感じた。

「す、すいません。な、なんか感情的になってしまって」
少し落ち着いた夏子は誤った。
「いや、大丈夫ですよ。でも女性が目の前で泣かれたのは初めてかな。いつも泣かされるのは僕のほうだから。」
男性は照れ笑いながら、そう言った。

「そう、そうなんですか。とてもイケメンさんに見えますが。」
「社交辞令でもうれしいですよ。いつもフラれてばっかりで、今回の見合いも僕が逃げ腰になったようなもんだし。」
男性の照れ笑いは夏子を少しキュンとさせた。

「そうなんですか。相手の写真は見たんですか?」
男性は少しびっくりしたような顔になったが、少しとボケ気味に答えた。
「ちらっとね。でも相手の方は、すっごく若くて可愛らしいひとでしたよ。僕には似合わないかな。」

いつの間にか、彼の口調はやわらかくなっている。緊張がお互いになくなったのもあるが、親しみを込めて話していることがわかった。

飛行機は離陸を開始し、二人の会話はいったん途切れてしまった。

話をしたくなった夏子であったが、何を話してよいか分からなくなっていた。
付き合った経験もまったくなく、告白したこともされたこともなかった。
クローバーのお兄ちゃんも胸の奥にしまいこんでいたのだから、そういうコミュニケーションなど皆目見当もつかない。

「そういえば、お互いにお名前を教えていませんでしたね。話づらいので教えてくれませんか。ニックネームでもいいですよ。」
「じゃ、じゃぁ、なっちゃんで。」
「なっちゃんさん?」
「あ、夏子なんでなっちゃん。」
「ニックネームのネタばらしちゃいましたね。」
彼の笑顔は愛くるしくて、キュンとしてしまう。
「僕は、ヒロアキで。ヒロでもいいですよ。」
「じゃあ、ヒロさん。」
「さん、はなんか嫌だな。」
「では、ヒロくん。」
「じゃあ、それで。」

機内は終始和やかな雰囲気な会話となった。
会話の終わりの方で二人は連絡先を交換するまでになっていた。

#小説 #なっちゃん #帰省 #徳島 #見合い

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