なっちゃん 第二話
実家に帰ったその日、夏子はなかなか寝付けなかった。
翌日には見合いをすることになっている事実にどうすればよいか分からないでいた。
「明日はちゃんとお断りしなきゃ。」
明日の朝からホテルにいって、まずはコーディネイトをしてもらわなくてはいけない。
目にクマを付けていくわけにもいかず、必死になって羊を数えている自分がいた。
美咲の心配をしたり、今度は自分の未来の心配をしたり何だか今日はタヌキに化かされた気分だ。
そう思ったら、何だか笑いがこみ上げている自分に気づいた。
「アハハ。」
そう思った瞬間、モヤっとした気持ちは遠い夜空に飛んでいってしまった。
「夏子!いつまで寝てるの?もう起きないと!」
「母さん!?何で早く起こしてくれんかったの?」
叫んだ夏子は気づいたが、まだ布団の中であった。なんだ夢の中だったかと思ったが、外は明るい。
「やばい!寝過ごしているんじゃ?」
慌てて近くの携帯に目をやると時刻は9時を過ぎていた。
慌てて寝室から父、母がいる居間へとパジャマのままで飛び込んだ。
「母さんごめん!!!」
「なっちゃん。。。」母が悲しそうな目をしてこちらを見ている。
夏子は言いようのない感情に戸惑いながら、何か言おうとした。でも言えない自分の代わりに母が話しを始めた。
「なっちゃんよく聞いて。。最後までちゃんと聞いてくれる?」
夏子は頷くしなかった。母から叱責されると覚悟しながら。
「あんなぁ。今日のお見合いなぁ。。言いにくいんやけど、なくなったわ。」
夏子は口をあんぐりとしながら、呆然とした後、大きな声で「はぁ?」と叫んだ。
母はその後、お茶を啜りながら、ゆっくりした口調で理由を話してくれた。
夏子の耳には半分くらいしか届いていなかったが、大枠次のとおりであった。
アベちゃんはお友達の相川さんという男性をお見合い相手にセッティングしていたが、相川さんには実は東京に連れ(彼女)がいて、お見合いはできないと昨日の夜に連絡があったとのこと。もともと軽いノリでこの話を聞いていた相川さんは新しい合コン的なものだと勘違いしていたらしい。よって話はオジャンとなった。
父は新聞を見ながら
「まぁ簡単に結婚できたら、苦労せんわ。漫画じゃあるまいし。」
と呟く。
「なっちゃんなぁ。お父さんあんなこと言ってるけど。ほんまは寂しんよ。」
「アホぬかせ。何いうとんじゃ。ワシは幸せになってくれたら、ええんじゃぁ。」
そう言いながら、居間を離れトイレに入ってしまう父。
照れ性の父が唯一隠れることができるのがトイレであった。
狭い一戸建ての我が家にとって、父専用の部屋はないため、父の居場所といえば、居間にいるか、小さな庭で柴犬のケンと独り言をいっているか、トイレにこもっているかのどれかであった。
もしアベちゃんのお友達の相川さんという人がお金持ちで、結婚できたとすれば、もう少し大きな家に父母が住めることができるかもしれない。そう考えてしまった。
それを見透かすように母は話す。
「なっちゃん。今回は残念やったけど。私は別に夏子はそんなに早く結婚せんでもいいんよ。東京の大学でて、東京で就職して向こうでいい人見つければいいんよ。お父さんがいうようにあなた達が幸せになってくれることが、父さん母さんの想いなんやからね。」
その言葉に夏子は救われた気がした。もう少し自分に正直に未来のことを考えようと思った。
「美咲に一度あったほうがいいかな。」
「いいんちゃう。あの子はアベちゃんと楽しんでいるみたいだし。」
(*1 いいんちゃう:徳島ではしなくて良いという意味で用いることが多い)
「昨日だって帰ってきてないですからね。そのうち、子供の方が先にできるか心配してるんよ。死んだお婆ちゃんに顔向けできんわ。」
母の母は厳格な人であった。普通、男性の方が厳格な人が多い時代の人であったが、大きな家の長女として生まれ、武士であったご先祖さまの槍を代々引き継いでおり、槍の名手となっていた。
自分に絶対の自信があった、母の母はすごいと母はいつも言っていた。
母は次女であったこともあり、伝統など御構い無しに自由奔放に生きてきたこともあっておっとりした性格であった。ただ、色んなことを見てきたこともあって、観察力はするどい。私はそのするどいところだけを引き継いでいる。
「お婆ちゃんはきっと笑ってると。意外とお母さんと一緒だって。」
「ほんま、なっちゃんするどいな。アベちゃん、お父さんに似ている?」
「話聞いただけやけど、多分、おんなじ。美咲がコントロールしやすいんちゃう。」
「私もそう思う。」
母はにこやかにそう答えた。