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服を褒められることが嫌な話

大学で、講義室で会うとたまに「その服かわいいね!」って褒めてくる女の子が一人いました。
彼女は話題作りであったり、純粋な気持ちから言っていたのだと思います。今回は、それが頗る嫌いだったというお話です。


私は、ファッションには興味はあるも、あんまり服選びが得意ではない部類に値します。
ゲームの中でのキャラクターの着せ替えであったり、コーディネートは大好きです。でも、現実で自分で選んで自分に服を着せようとすると大抵母から「なで肩だから全然似合ってない」「センス悪い」と言われてきていたので、自分に服を着させることは苦手でした。服に興味を持つようになった、中学生くらいの頃からずっと。あんまり言われすぎて、何を着ても似合っていないように見えたのです。でも、服は好きだから無頓着にはならなかったし、世間体もあるので足りない頭で一生懸命に考えて毎日服は選んでいます。今でも。
おかげで、特に服の系統が毎回定まっている訳ではないです。カジュアルな服を来た次の日にはフェミニンな服装に身を包んでいることもあります。これは私自身がその日の気分で服を選んでいることもあるのですが、まぁファッションセンスが無いことの表れなんだと思います。迷走している。
大抵例の女の子に声を掛けられるのは、フェミニンな服装をしてきた時でありました。多分彼女は、そういう系統の服が好きなんだろうと思います。

ある日、私はInstagramを見ていて、たまたま自分が持っている服と似たような服での素敵なコーディネートを見つけたので、真似をして着て大学に行きました。
すると彼女が声を掛けてきて、「なんで今日そんなにちゃんとした服着てるの?何かあるの?」と言われました。
傷つきましたね。見目的には問題なく寧ろ普段よりも良く見えたからそう発言したのだと思いますが、あっ私って普段「ちゃんとした」服装をしていないんだなと思いましたし、何か特別なイベントに向けておめかしをしたのだと思われたんだと思いました。自分が良いと思った服装に挑戦するのはそんなに悪いことなのかなと思いました。実は「身の丈に合わない格好なんてしてくるなよ」なんて含みがあったのかもしれません。でも、ありがとうと言っておきました。褒められたら礼を言うのが礼儀であると思ったので。


また別の日、今度は母が昔着ていたアンサンブルが発掘されたので、この服にも挑戦してみようと思いスカートを合わせて着ていきました。するとまた案の定、彼女から声を掛けられたのです。
「その服可愛いね!ピアノの発表会を控えたお嬢様みたい!」
と。
よくわかりませんでした。
母からのおさがりでまぁまぁ高価であろうアンサンブルでしたし(普段は安っちい服ばっかり着てます)、私自身スカートを穿くことは週1,2くらいの頻度でしたし、それも大抵カジュアル系だったりしたので、物珍しく見えたんだと思います。お嬢様なんて言うので、上品には見えたんでしょう。でもお嬢様って家柄から服だけが豪勢で、顔だったり体型だったりその他アクセサリーなんかは大したことない人もいると思ってます。ストレートに言うと「似合っていない」といいますか…。褒められたのは服だけであるし、私は「そっち側」なんだなって思いました。なにも嬉しくなかった。でも、ありがとうとは返しました。


彼女は、私がちょっといつもと違うきれいめな格好をしてきたり、フェミニンな服装をしてきたときには決まって声を掛けてきて、「その服可愛いね」かもしくは一言付け加えた感想を言ってきました。嫌だった。だから大学にはカジュアルな格好をしていくことが多かったです。そうしたら声を掛けられはしないので。私を貶そうとして声を掛けていたのか、それとも純粋な服への興味からだったのか、真相は彼女のみが知るものですが、とにかく嫌だった。

自意識過剰?考え過ぎですか?

でも、「服良いね」は褒め言葉じゃないと思うのです。世の中の女性たちは平常頻繁に使っている言葉ですが、要は服が目につくから言っているだけ。その理由は「自分の好みであるから目につく」か「着ている本人に似合っていないから目につく」か「いつもと違うから目につく」の3択なんだと思っています。そしてこれらに着ている本人を褒める要素は全く無い。
それでも、良好な人間関係の構築のためか、良かれと思ってか、はたまた別の理由からか、「服良いね」と発言する人は世の中にたくさんいます。変わって欲しいなぁ。

ここまで服を褒められるのが嫌いということだけを強調して述べてきましたが、勿論、嬉しかったこともあります。
それは、気に入って新しく買った服を、似合う色をちゃんと調べて、第二の目線からのチェックも貰って、やっと大学に着ていった時に、また違う友人の女の子からこう言われたときです。
「新しい服買ったの?すごい似合ってる!あづさちゃんの雰囲気に合ってるよ!」
これ、すごい嬉しかったです。内心ニヤニヤしてしまいました。服をいいねと言われるのではなく、自分や全体の雰囲気を含めて「いいね」「似合ってるね」と言われたことが嬉しかった。
真に自分に合っていたら、服を褒められるのではなく「似合ってる」と言ってくれるものなのです。そういう時しか喜ぶべきではないのだと思います。


服って難しいなーと思います。私は普通の人たちとは大分遅れて、こんな年になってやっと少しずつ少しずつ自分に似合う服ってものを見つけられています。今でもたくさん失敗はしますし、その度に自分のセンスのなさが嫌になります。毎朝服を選ぶことが億劫になります。素材である自分自身の劣悪さを嘆くこともあります。どうにもならないのに。
でも、自分がいいなと思った服を着ることは好きだし、自分でも今日のコーディネートはうまく行ったなと思ったら楽しいし、人に褒められたらもっと楽しいです。これからもっと服を楽しめたらいいなって思います。


長々と愚痴のようなものを垂れ流してしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。
こんな考え方をする人間も世の中にはいますので、もしいい感じの服を着ていい感じになっている知り合いが居たら、服を褒めるのではなく、「似合っている」と褒めてあげてくださいね。
お粗末さまでした。

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