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或る葦
人間は考える葦である。パスカルの言葉ですね。
自己紹介です。ちなみにサムネは葦ではなく、蒲です。
特に置く前置きもないので始めていきたいと思います。
以下目次です。だんだんnoteの機能を使えるようになってきました。いい傾向です。
□名前の由来
唐草あづさと申します。2001年生まれの現在21歳です。あづさは昔、私が字書きとして狭い狭い世界で活動していた時に使用していた名前からとりました。唐草は、人間関係のこじれだったり闇だったりなんだかもにゃもにゃしたことを書いていこうと最初から思っていたので、なんだかグニャグニャしてて陰鬱なイメージだった唐草模様から取りました。唐草模様を作り出した人に謝れ。
こんな感じで、たまに自分でツッコみながら進めていきます。
□好きなもの
プロフにもあります通り、好きなことは絵を描くこと、歌を歌うことです。絵を描くことについてはこちらに詳しく書いています。ご興味あれば。
歌を歌うことは、小学生高学年の頃に親から譲ってもらったでっかいラジカセで親が持っていた宇多田ヒカルや西野カナのCDを聞いて、歌っているうちに好きになりました。度胸は学生時代の合唱部で身につけました。こっちは今でも大好きです。大切にしたい趣味ですね。
あと好きなものと言えば、あるゲーム実況者の動画を見ることでしょうか…。彼の実況はとても良いです。私が死ぬまで実況してくれないかなぁなんて思ったりもしてます。大切な分霊箱の1つです。
分霊箱という言葉については、こちらから。度々私のnoteでは出てくる頻出単語です。
好きな食べ物はトマト、料理はボンゴレパスタ。ロッソかな?と思われた方もいるかもですが私はビアンコの方が好きです。トマトはそのまま食べるのが私の中では1番なので…。そばよりうどん、たけのこよりきのこ、つぶあんよりこしあん派です。……なんだか作らなくて良い敵を作った気がします。
好きな色は赤です。彩度高めよりもそれこそ普通のミニトマトとか、高リコピントマトみたいな色が好きです。ファッションとして合わせやすい色を想像してください。身につけるとテンションが上がります。
好きな音楽家としては敢えてマイナーな方々を挙げますと、BRADIO、フロクロ、GLIM SPANKY、ピロカルピン辺りでしょうか…。そんなマイナーやないやんけ!と思った方、ごめんなさい…。でも宇多田ヒカルとか米津玄師とかよりはマイナーだと思うんです
具体的な音楽の趣味についてはこちらに詳しく書いてあります。
後は挙げるとすれば、旅行、花、水族館、動物園、博物館、夕焼けなんかが好きです。「巡る」ってことが私はわりと好きなのかもしれませんね。書いていて思います。
□唐草あづさの歴史
母と父の元に最初の子供、長女として生まれました。下には二人、弟がいます。
幼稚園の頃は今より活発で、周りの友達を巻き込んで家の近くの公園で遊んでいました。いつも仲良くしている男の子に恋をして、運動会、学芸会、いつでも一緒に行動していたようです。
小学生になるとゲームを始めました。最初にプレイしたのはポケットモンスターパール。のめり込んで視力を落とし、眼鏡をかけ始めました。低学年の頃は勉強ができず、九九の7の段をどうしても覚えられなくて長期休みに泣きながら母と猛特訓した記憶があります。高学年からは頑張って勉強してむしろ上位の学力を得ていました。図工が大好きでした。いろいろと都合があって、小学生のうちに2回転校をしています。おかげで知らない子とすぐにそこそこ仲良くなれる力はつけられたように思います。
中学生からは合唱部に所属して、四六時中歌を歌うようになりました。そのくせ喉のケアはダメダメで、数日全く声がでなくなったこともあります。進級してからは気の強い先輩がいなくなったことで同級生が大々的に別の同級生にいじめを始め、おかげで部活は崩壊しました。もう二度と彼女の顔は見たくないです。引退してから一年半くらいは合唱が大嫌いになりました。普段の生活としては村山早紀さんが描くようなほんわかファンタジーな小説が好きになり、毎朝図書室に通ったおかげで年間多読賞を貰ったりもしていました。
高校生の時はそこそこ進学校に進学したので、毎日勉強に明け暮れていました。歩きながら暗記物の勉強をしたのはこのときが最初で最後でしたね…。それまではバチバチの文系でしたがある理系教科を好きになり、理系の道を進むことにしました。茨の道でしたが。
高校二年の頃には網膜裂孔が判明し、数回手術しました。手術の痛みだったり、それに伴う発熱だったり、もう目が見えなくなるかもしれないという不安だったり、そうなれば頑張って良い大学に合格しても意味がなくなるんじゃないかと思ったりで、このあたりの記憶はぽっかり抜けています。人間、都合よく心が壊れかけた出来事は自動的に忘れるように出来ているんですね…。まぁ、その頃の楽しかった記憶まで一緒に消えてたら訳無いですが。
大学受験は余計なことを考えないように一年間身も心も削ってずっと勉強をして、大人なら名前を聞いたことが無い人はいないだろうって感じの有名な大学に合格しました。ですがコロナウイルスが丁度蔓延し始めた頃であったので入学式は消滅、授業はすべて遠隔、その他諸々で心が折れて、夏に家族でバーベキューをしたときに涙が止まらなくなり、その場に居合わせた全員に心配されたりしました。このあたりの記憶もあまりありません。とてもつまらなかったことだけは覚えています。
それから、父親の借金が判明して一家離散の危機に陥ったりもしました。でもその時期から対面の授業がぽつりぽつりと増えて、同じ学部の人とよく交流できたおかげでなんとか繋ぎ止められた気がしています。
そして現在、大学三年生。就活を頑張っています。
と、こんな感じです。自己紹介ということで最初に読まれる方が多いのではないかと思い、闇は少なめでいきましたが、もっと深い闇が知りたい方は以下の記事などを読んでみてください。気分の保証は致しかねますが…。
□これから
現在大学生で、求職中の身ですので、とりあえずは職を得ることと無事大学を卒業することを頑張って生きたいと思います。この身が、この眼がいつまで保つのかはわかりませんが…。
文字通り、目の前が真っ暗になったとき、私は間違いなく一度死ぬのでしょう。人間は二度生まれる。ジャン・ジャック・ルソー。私はいずれ来る一度目の死に耐え、二度目の生を受けることはできるのかなと、思考を遊ばせているときにふと思ったりもします。二度目の死の方が早いかもしれませんが。かなり、私の分霊箱は眼から受け取っているものが多いので…。だからこそ、歌の趣味は大切にしたいのですが。一気に喪ったとき、私はどうなってしまうのでしょうか。
どう生きようかな。なので、あんまりこれからこうしたいだとか、希望を持っていないんですよね…。叶わなくなる可能性の方がずっと大きいので。就活中の身にあるまじき事態なのですがね。面接は夢を語る場所でもあるので…。
一度死んでからは、とりあえず足掻いてみて、それからまた考えたいですね。
こうやって生きるしかないです。まずは目の前の壁を乗り越えることから、懸命にやっていきたい。そんな感じです。
余裕があれば、行ったことのない色々な場所に行ってみたいですね。
□最後に
ここまで長々と、読んでくださりありがとうございました。今どのようなご気分かはわかりませんが、このようなnoteを書くことで、誰かにひっそりと読まれることで、私はちょっとだけ生きられるような気がしています。もしよろしければ、見守っていただきたいな、とか、思います。傲慢。通りすがりでも大歓迎です。見つけてくれてありがとう!
いのち続く限り、どうにか足掻いていきます。
以上、或る葦、唐草あづさについてでした。また今度。
※加筆修正 2023/3/24