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人生は波

すごくお久しぶりです。唐草あづさです。
今回は生きる中で見つけた理論シリーズの更新になります。
他の理論についての記事は、こちらからどうぞ。


さてさて、その中でも、

このヴォルデモート理論の記事の中で、以前私はこんなことを書いていました。


電車を待っている間に、下に飛び降りる自分をふと想像してしまったり。
人の波にもまれるうちに、急にとても寂しくなってしまったり。
タナトスは波のように私たちをゆらゆらと揺らし、流れに取り込もうとしてきます。
急にざぷん、と大きな波が襲ってきたときに踏ん張っていられるか。
それが生きてる人間と死を選んでしまった人間の違いなんじゃないんでしょうか。



今回はこのようなことを述べるに至った、「人生は波理論」について書いていきます。
これも押しつけるような理論ではありませんので、こんな考え方もあるのだな、という心持ちで読んでいただけると嬉しいです。


人生は波の連続だと思っています。
永遠に広がる海と、その真ん中にいる自分を想像してみてください。水平線の先まで何も見えない海の中を、その何も見えない水平線を目指してあなたは進んでいます。どんな海であるかとかは、各自のご想像にお任せします。
その海は、自分が何かに触れる度にその様相を変えます。落ち着いているとき、リラックスしているときは膝下くらいの高さで凪いでいるかもしれません。誰かに怒られたとき、批難された時は激しく揺らいで、少し立っていることが辛いかもしれません。
そして、そんな海の中心で立っている自分は、心と体の状態を示しています。
心も体も健康で、バイタリティに溢れ出ていれば、ちょっとくらい荒れた海でも平気で、前にずんずん進めるでしょう。逆に、心や体が万全でないのなら、足をとられ、前に進むことが難しいかもしれません。

この、波の状態と、その中にいる自分の状態の組み合わせによって人の生き死にが決定されるのではないかと、私は思っています。
心や体が弱っていて、強い波には耐えられない。もしそんな状態で、大きな波が襲ってきたら?
流されてしまいますね。
流されてしまった人間が、死を選んでしまった人だと思っています。

自殺。
自分の生き死にを自分で決める方法です。
足場を蹴る。下に飛び降りる。大量に飲む。
これらは本人が本人の意志で行うことです。
だから、誰かが自殺すると、根性が足りないだとか、深刻に考えすぎだとか、まるで精神論のようなことを後から言われることも多いです。
でも、私は人が自殺を選ぶのは、その人が弱いからいけないのだとか、そういう話ではないと思うのです。
たまたま弱っている時に、たまたま強い、耐えられない波が来てしまった。
言ってしまえば、「運」だと、思うのです。

強い人って、周りにいると思います。もしかしたら、あなた自身がそう形容されているかもしれません。
でも、その人って、本当に強いのでしょうか。
四六時中、何があってもずっと?
ずっと強い人なんていませんよね。
誰だって社会と自然の中で生きています。人との関わり合いで心は常に動くし、体調だって日々変化する。これも波ですね。
私たちは同じ社会の中で、それぞれ違う波に晒されて息をしているのだと思います。
だから、そんな波にも耐えられないなんて!と人を批難することはできないと思っています。
波の大きさはわかっても、その中にいる人がどんな状況だなんて、本人にしか、いや、本人だってわからないのだから。

似た波の中にいる人の間には「共感」が生まれるかもしれません。
似ていない波の中にいる人の間に起こるのは、「理解し合うことの難しさ」、でしょうか。
生きる中で、どんな波に出会うか、そのときどんな状態か、どんな波を経験した人に出会うか。その波と波がぶつかり合うことで、どんな波紋ができるのか。誰にもわからない。
人生の波は、未知と運に塗れた、自分だけでは限りなくどうすることが出来ないものだと思っています。

では、私たちは波に身を任せるしかないのか?運が悪かったら死ぬしかないのか?
そんなことはないと思います。
踏ん張れなくなった時、流されそうになった時に頼れる物を持っておけばいい。
それは、家族、友人、恋人、趣味、好きなものなど色々な形をたたえています。
流されそうになったら、それに掴まる。これが私がかつて述べていたヴォルデモート理論ですね。
他には、自分を理解すること。
自分がいつ弱くなるのか、自分の性質を予め理解しておけば、そういう時はどうすれば乗り越えられるのかがわかるようになります。自衛ができる。
もちろん、得意な人、不得意な人はいるとは思いますが…。ゆっくり、自分なりに、そういった生きる術を見つけることが出来れば良いのだろうと思います。私も今、模索している所です。


如何だったでしょうか。
うーん、昔からなんとなく考えていたことではあったのですが、いざ文章にしようと思うと難しかったです。分かりづらかったらごめんなさい。

人はとんでもなく辛いものには耐えられません。当たり前のことです。
そして個々人には、自分の人生をどう生きるかを決める権利があります。生きるも死ぬも、自分次第です。
タナトスはいつも突発的です。
それこそ波のように、自分に覆い被さっては静かに引いていく。
その瞬間の自分の気持ちをどうにかコントロールすることが、より楽に生きていくためのコツだと思っています。
ですが、どうにもならないときはどうにもならない。
私が今ここに立てていることは、ひどく幸運なことなのだと思います。

以上、「人生は波 理論」でした。また会いましょう。



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