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不思議なランの世界 -Species Diversity of Orchids-
季節も移り変わり、春眠から目覚め初夏の様相がしてきました。
5月は連休もありイベントも多く開催されていましたが、そうしたイベントに文字通り花を添えるのが胡蝶蘭だと思います。しだれた白い花が華やかに彩る胡蝶蘭はイベントやお店の新規開店などお祝いごとに欠かせない存在です。
ところで、胡蝶蘭はランの一種ですが、身近にはランとつく植物は色々見かけるような気がしますが、そもそもランとは何なのでしょうか?
今日は、珍妙不可思議なラン科の多様性と生態についてお話しようと思います。
Introduction
ラン科(Orichidaceae)は日本国内に約90属約300種、世界には約750属20,000~35,000種が存在するとされています。これは、種子植物の中ではキク科(Asteraceae)とともに最も種類が多いものになります。
代表的なものを挙げていくと、意外とこれも同じラン科なんだなと気付かされるものがあります。
1.胡蝶蘭(コチョウラン、Phalaenopsis aphrodite)
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https://kotyou-shop.net/SHOP/newws3h02.html
コチョウランの原種は19世紀前半とされており、日本に伝来したのは明治期であるとされています。日本ではおそらく欧州から伝来した蝶のような花という意味から胡蝶蘭と呼ばれるようになったのかと思われますが(要出典)、学名はphalaia(蛾)にopsis(似た)花からきており、学名はMoth orchid であることから蛾のイメージのようです。もっとも、どちらも鱗翅目なので大した違いはないですが。
しだれた形状で販売されていますが、自立しているわけではなく針金によって固定されているようです。
2.春蘭(シュンラン、Cymbidium goeringii)
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春の訪れを伝えるランとして有名なのシュンランです。石川県の能登半島には春蘭の里という場所が存在し、観光資源として定着しています。
素朴な姿をしていますが、昔から栽培されて日本庭園に植えられていることがあります。
3.バニラ(Vanilla planifolia)
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https://oki-park.jp/kaiyohaku/information/detail/5812
意外と思われますが、身近に利用されているバニラもラン科の植物です。
原産地は中央アメリカで、種子鞘が特徴的な香りから食品の香り付けに利用され、バニラビーンズとして流通しています。
観葉植物として流通していますが、栽培は温度条件や大きな株に育てるまでが困難であることから、個人での開花と結実は難しいとされています。
4.サギソウ(Pecteilis radiata)
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https://ozaki-flowerpark.co.jp/dictionary/6994/
真夏から晩夏にかけて美しい花を咲かせることで有名なサギソウもラン科です。別名はサギランです。
日中もいい香りのするサギソウですが、夜間のほうが香りが良いとされており、これは花粉散布のための訪花昆虫であるスズメガが夜間に活動することによると考えられています。
ランと菌の深い関係
ラン科はその美しさや有用性から広く栽培されてきましたが、実際は多くのラン科は人工的に発芽させることや栽培をすることが困難な種も多く存在します。
その要因として、菌根共生という複雑な生物感相互作用によって生育していることによります。
菌根菌については、以前の記事をご参照ください。菌根菌は宿主との組み合わせや共生形態などによって名称が違いますが、ラン科についてはラン菌根(Orchid mycorrhiza, OM)と言います。
菌根菌概論~アーバスキュラ菌根編~-Introduction to Mycorrhiza I: AM fungi-|K.japonica(SCP-2511) (note.com)
すべてのラン科は菌根共生をしており、菌従属性栄養植物(完全または部分的)と呼ばれています。
具体的な例を見ていきましょう。
5.キンラン(Cephalanthera falcata)
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https://biodiversity.pref.fukuoka.lg.jp/futsushu/what/whatplants/kinran.html
キンランは植物の根に共生している菌類からも栄養を得る植物(部分的菌従属栄養植物)として代表的なラン科の植物です。宿主は主にブナ科の樹木に菌根共生する外生菌根菌(イボタケ科、ベニタケ科)であるとされています。
不思議なことに、部分的菌従属栄養植物という性質は、自分で光合成をして栄養を確保することができますが、キンランは菌から栄養を確保することができるためアルビノ化(葉緑素を持たない)しても花を咲かせることができます。
絶滅危惧II類(VU)として環境省レッドリストに掲載されており、絶滅が危ぶまれている種ですが、その原因としてその菌従属性栄養植物という非常に特異な生態に起因するものであり、その依存性の高さから人工栽培が非常に困難であるとされています。
ランはキンランに限らず、膨大な多様性を示しますが、菌根菌が環境変化に影響を大きく受けるように環境変化に特に脆弱です。現在IUCNのグローバルレッドリストに掲載されている1601種を含む、絶滅危惧種の中で大きな位置を占めています。
6.ネジバナ(Spiranthes sinensis var. amoena)
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https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-27
ネジバナは低地から亜高山帯までの芝生や湿地帯に自生する、ラン科の中でも特に身近な存在です。
名前はその螺旋状につく花の姿によるもので、地面からまっすぐ伸びる姿は春の風物詩となっています。
ネジバナは3種類の菌(Rhizoctonia属, Caratorhiza属, Epulorhiza属)と菌根共生を形成し、中でもEpulorhiza属が主要なものであるとされています。
キンランは共生先の菌に依存するがゆえに環境変化に弱い性質がありましたが、ネジバナに関しては広い範囲で生育する菌と共生関係を持つことで環境に適応しています。
7.オニノヤガラ(Gastrodia elata)
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https://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/nikko-old/5_jokyo/today%27s_flowers/2010_Jul_1st.html
オニノヤガラは生薬で天麻と知られており、半夏白朮天麻湯としてめまいや頭痛、リウマチなどに処方されます。
オニノヤガラは、他と異なり外生菌根菌ではなく腐生菌であるナラタケと共生関係を持ちます。完全菌従属性植物であるため、単独で移植するとそのまま枯死してしまいます。
しかし、ナラタケは原木で育てることができることから、中国では原木を埋設して塊茎を植えることによって人工栽培を可能にしています。
ランの香りと昆虫との深い関係
ラン科の植物は菌との共生関係により、自ら栄養を作り出さなくても生育することができるという戦略で多種多様な生態を有することとなりました。
また、ランは花粉の散布様式も多種多様な戦略を持っており、その高度さは他の植物と一線を画します。
具体的な例を見ていきましょう。
8. ハンマーオーキッド(Drakaea sp.)
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https://www.herbal-organic.com/ja/herb/170904
Drakaea属はオーストラリアに自生するランで、通称ハンマーオーキッドと呼ばれています。
その名称は、その独特な花粉散布様式に由来します。
その花のは不思議な形状をしており、ヒメバチ科の(thynnine wasps)の姿を花の一部が模倣しています。その部分にハチが着地すると、中央部の蝶番が跳ね上がりハンマーでぶん殴るように花粉のある雄しべに叩きつけ、ハチに花粉をまとわせ運ばせるという手法をとります。
この機構だけでも見事なものですが、このハチを誘引するためにハチの性フェロモンと同じピラジン化合物(2-hydroxymethyl-3,5-diethyl-6-methylpyrazine etc.)の香りを放ちます。
9.Dracula lafleurii
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こちらは中南米に自生するランで、これも昆虫を利用します。
Dracula属は、花の形状が吸血コウモリを思わせることにちなんでおり、同属の種は見た目も不気味なものが多いです。
特徴として、Dracula属のランはキノコの臭いを模倣することです。また、花弁もキノコに擬態した形状をしていることがあります。
散布者は複数種のショウジョウバエで、キノコとDracula属との間で共通して確認できた種が多数存在します。同様にキノコの臭いを模倣するランに、東南アジア以西に自生するMalaxis属があり、1-octen-3-ol他脂肪族アルコールやアルデヒドが検出されるそうです。
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同じDracula属にはモンキー・フェイス・オーキッドと呼ばれるものもあり、外見も多種多様です。
まだまだある奇妙奇天烈なラン
あまりにも多様な生態が故、本記事では紹介しきれないので、あと数種だけ紹介させていただきます。
10.ヘルメット・オーキッド(Corybas incurvus)
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Corybas属はアジアからオーストラリア、パプアニューギニアなどに分布するランで、葉が1枚しかありません。
植物の最小単位で生きているようなランであり、現在、絶滅危惧種とされています。
11.ツチアケビ(Cyrtosia septentrionalis)
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https://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/creaturesImet/category/plant/tsuchiakebi.html
ツチアケビは日本固有種のランですが、光合成を行いません。栄養は完全に共生しているナラタケに依存していますが、花茎は1mにも達するほど大型のものとなります。
腐生ランは生育環境を限られますが、ツチアケビはナラタケがいる環境なら比較的いろいろな場所で生育します。
種子はヒヨドリなどの鳥類により散布され、遠方まで散布区域を広げることができます。
12.Rhizanthella gardneri
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https://www.ourbreathingplanet.com/western-underground-orchid/
ラン科の中でも最も特殊であると言っても過言ではないのが、Rhizanthella属のランです。
菌従属栄養植物ですが、光合成を行わないはおろか、全生活史を地下で過ごし、花も地下で咲かせます。なので探索は非常に困難であり、幻のランとなっています。
地下に生育するとはいえ、花粉媒介は昆虫であるとされており、何かしらの指標はあるのでしょうが、香りはほとんど無いそうで謎の多いランです。
Conclusion
いかがだったでしょうか。ラン科の複数種を紹介してきましたが、生存戦略は非常に種類に富んでいます。
このように植物の生存戦略というものは、私達が想像する以上にしたたかで複雑な関係性を持っていることがわかります。生物間のネットワークというのは非常に複雑であり、簡単に理解できるものではなく、ほんの少しの均衡の歪みで崩れてしまいます。
多種多様なランの中でも、そのなかでも多くが絶滅の危機に瀕しています。それが絶滅してしまうことで起きる世界の変化は想像できるものではありません。
これだけしたたかなランのことですから、また多様性の最前線にいるランですから、想像も及ばない奇想天外な生存戦略を持ったものが現れるかもしれませんね。
ご清聴ありがとうございました。
Reference
ラン科植物と菌類の共生https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/1/50_jjom.H20-02/_pdf/-char/ja
The Floral Signals of the Inconspicuous Orchid Malaxis monophyllos: How to Lure Small Pollinators in an Abundant Environment
https://doi.org/10.3390/biology11050640
Recent origin and rapid speciation of Neotropical orchids in the world's richest plant biodiversity hotspot
https://doi.org/10.1111/nph.14629
Advances and prospects of orchid research and industrialization
https://doi.org/10.1093/hr/uhac220
腐った花が紡ぐ新たな命 キノコを食べる蘭は、キノコを食べるハエに受粉の見返りとして繁殖場所を提供していた!?
https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/2023_08_24_02/
光合成をやめたラン科植物ツチアケビにおける鳥による種子散布 -動物に種子散布を託す初めてのラン科植物の発見-
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2015-05-12