見出し画像

木が死ぬということ-Biological and Ecological Dynamics in Forest Environments-

街路樹を見ると、たまに伐採されて切り株だけになっているものがあることがあります。きっと枯れたから切られたのでしょう。
人が亡くなった場合、お葬式がありお墓に入ります。火葬だったり土葬だったり宗派によって異なると思います。
では、木はどうなるのでしょうか?街路樹は木材になったり薪やチップとして燃やされるかも知れません。
では、森の木々はどうでしょうか?実は、森の木々は死の先があります。

今日は、樹木の死がもたらす自然環境の影響についてお話していこうと思います。

Introduction

本論に入る前に、木の”死”について定義しておこうと思います。
人の場合、法律上の死を脳死として、以下のように定義されます。

第六条 医師は、次の各号のいずれかに該当する場合には、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。
 ~略~
 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された者の身体をいう。

臓器の移植に関する法律 | e-Gov法令検索

人の死を脳死と定義すると、脳の存在しない植物の死はどうなると死ぬのでしょうか。

木と死

一般的に、枯れている木は死んでいるように見えるかも知れません。確かに葉がなくなり乾燥している木は死んでいるように見えます。

しかし、そもそも、木で生きている細胞というのは樹皮と表層の形成層の直下である辺材部分のことであり、中心部の心材は死んだ細胞になります。
例えるなら、木は中心から外側に向かってビルが建築されている状態で、中央は鉄筋コンクリートで生きている細胞というのは外側で建てている人々ということになります。

なので、ポッカリと空洞ができているのに青々と葉をつけているような木が見られのは、腐朽菌により心材部が分解されており、辺材部は分解されずに生きている状態にあるためです。

地上部の幹が枯れた状態で葉も殆どついていないような危険な状態にある場合もあります。
しかし、この状態でも地下の根株が生きていればまだ生きており、切り倒せば切り株からひこばえが生えてきます。
また、地下部がほとんど生きていない状態にある場合もあります。これについては、幹から不定根を誘導することで新たに根を作り樹勢を回復させるという治療法も存在します。

木とは、非常に強い生物なのです。

とはいえ、根が完全に枯れていたら地上に栄養も行かないので、じき枯れてしまい回復することもなくなります。こうなったら、完全に死んだ状態(枯死)となるでしょう。木の死を定義するなら、「すべての細胞の活動が停止した状態」と言えるかも知れません。

Gap dynamics

森の中である木が枯死した場合、どのようなことが生じるのでしょうか?

木が密集した森で単一または集団で木が枯れると、その箇所が空間となります。これを”ギャップ”と言います。このギャップが生じることにより、今まで枝葉に遮られていた光が地上に降り注ぎます。すると、その光刺激により地上にいた種子が発芽します。このような種子を"光発芽種子"と言います。
このギャップを埋めるように、まず光を好む木(陽樹)が大きく育っていきます。対して、光があまりいらない木(陰樹)は陽樹の下でゆっくり成長し、次第に陽樹と陰樹の割合が変わっていきます。そして最終的にギャップは埋まり、安定した状態(極相林)に遷移します(Fig. 1)。

Fig. 1 Diagram of gap dynamics

枯死木は腐朽菌により分解されていき、強風などのモーメントに耐えきれなくなり折れてしまいます。折れた木は更に菌による分解が進み、最終的に地上に存在する別の植物や微生物の栄養源となります。このようにして、森の生態系は循環しています。これを、”ギャップ・ダイナミクス”と言います。

木が枯れることで、新たな木が育ち、新たな生命へと繋がれます。

この生態系の循環は地球温暖化の問題にも非常に密接であり、大気中の二酸化炭素は木という形で森に固定され、枯れて土に還ることで土壌に炭素は蓄積していきます。木が枯れることはより大きな地球全体の環境のダイナミクスへと繋がっています。

Dead trees and biological ecosystems-Co-benefit-

枯れた木は、立ったまま存在するだけでも意味を持ちます。
それは、哺乳類や鳥類の巣として利用されることです。

哺乳類ではリスやモモンガなどのリス科やヒメネズミのようなネズミ科が、鳥類ではフクロウ科やキツツキ科が木の洞(樹洞)を利用します。
これらの動物の中には絶滅危惧種や準絶滅危惧種がおり、巣となる枯れ木が森に存在することで種の多様性の保全に繋がります。

これは原生林に限った話ではなく、市街地に存在する雑木林にも適用される話であり、自然の生態系の保全に繋がるとされています。

このように、二酸化炭素の蓄積だけでなく生態系の保全にも繋がる枯損木の存在は”共便益”を提供していると考えられています。
共便益とは、以下のことを指します。

生活の質の向上や精神面での豊かさなど、これまで図ることができなかった効果を計測し、評価しようとする指標がNon Energy Benefitです。Non Energy Benefitはコベネフィット(共便益)とも呼ばれ、環境行動に伴う副次的・間接的・相乗的な便益を評価するものと言えます。

環境省_NEBとは (env.go.jp)

先のギャップ・ダイナミクスは植物群集にフォーカスしていましたが、副次的に生物多様性に寄与していることがわかります。

Conclusion

いかがだったでしょうか。

街路樹や庭園の木は枯れてしまうとそのまま伐採され見かけることが無くなってしまいますが、実際には木の死にも意味があり、死もまた他の生物の始まりに繋がり、巡り巡り私達の生活へも繋がっていることになります。

もちろん、住宅地で枯れた木というのは倒木の危険性があり、剪定や伐採が必要となりますので、事情は異なります。都市の樹木においては、枯れた木は伐採した後に新たな木を植えることで環境の循環に繋がると考えられます。

また、名木や希少な木に関しては、遺伝的に保存し(林木遺伝子銀行110番)クローンや後継樹として生き続けることが可能です。

街や雑木林で枯れた木を見かけたとき、この話を少しでも思い出していただけたら幸いです。
ご清聴ありがとうございました。


【Referense】

Canopy gap dynamics and development patterns in secondary Quercus stands on the Cumberland Plateau, Alabama, USA
https://doi.org/10.1016/j.foreco.2011.08.015

Vegetation structure drives taxonomic diversity and functional traits of birds in urban private native forest fragments
https://doi.org/10.1007/s11252-020-01045-8

森林における立枯れ木の管理
tachigare.pdf (hro.or.jp)


いいなと思ったら応援しよう!