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『主人公』と「スタッフ」

皆さん、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
今年も、残り少なくなりましたが、楽しく過ごせているでしょうか?

「そんな、楽しく過ごせるわけないだろ!」

という方には、特におすすめなのが、このブログだと思っています。また

「文句を言ってるだけでは、どうにもならない!占いを見ても当たらないし、この先、もう諦めるしかないのか?」

という境地にたどり着けていたなら、なおさら、チャンスがやって来た!と思っていただいても良いのではないかと、個人的には思っています。それでは早速、今日のお題。ブログ用の口調で、始めさせていただきます。
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両親や家族について、お伝えしたいと思う。

まず、私たちは、「自分を知る為に生まれてきている。」というのが、誰も思い出してさえいない、生まれて来た理由である。

私の恩師である「先生」に出逢って、初めの頃に聞いた内容に衝撃を受けた。

私たちが生まれて来たのは、立派になるとか、お金持ちになるとか、すてきなダンナ様と出逢って、可愛い我が子と仲良く暮らし、将来は孫にも囲まれ、幸せに暮らしたとさ。

みたいな夢物語を生きる為ではないのだ。

だが、今、生きているほとんどの方が、そんな夢物語を追いかけている方が恐ろしいほどいることに驚きもなく、普通のことだと思って生きていないだろうか?

私はまさに、そんな夢物語を夢とは思わず、実現させる為に、強い意志と希望を持って生きていた。それが幸せになる為だと思っていたからだ。

また、それが人生の成功だとも思っていた。誰でもない誰かと競争をするかのように、それが人生の目的だと思っていた。特に何かになりたいというものはなく、叶うものなら、働かずに楽しく優雅に暮らせるなら、それに越したことはないが、そんなラッキーをつかむのは、超美人で大金持ちのお嬢様か、品のある暮らしを生まれながらに持つ女性とか、

そんな運の良い方が手にするのであり、私が実現するには、ほど遠いわけで、ある程度の努力をしなければ、まず、そんなことを実現できる旦那さんは手に入らないのだと思っていた。

もの心ついた時から『幸せは、誰と結婚するか』だと思っていたのである。自分で何とかするのではなく、相手に何とかしてもらおうとする、超依存体質だったわけだ。

だから、女性はまず容姿、そして料理上手、またマナーや常識にたけ、旦那さんが喜ぶ、すべを持ってなくてはならない。なのに私は、スタート地点の容姿から、ずっこけていると思っていた。また中学時代から太り始め、容姿に対してのコンプレックスにさいなまされていた。

だったら賢さで勝負したいが、これもまた5教科のうち得意なものは国語だけだった。成績がいいのは体育と音楽、美術だった。頭に関してのものは、てんでダメだったのである。

この事実を学生時代に気づいた。
「このままでは、嫁に行けない!」
という確信があった。

私の目標は、素晴らしい旦那さんと結婚することが人生のゴールであり、目的の半分を達成するからだ。

それなのに、初めから、かかせない容姿にズッコケ、頭で勝負しようにも勉強が苦手と来ていた。そうなったらあとは「優しい人間になるしかない!心で勝負しよう」と、いつもニコニコし、人の相談にのってあげたり、助けたりする「いい人」を演じた。

心の中では、文句ばかり出るのだから、中身はドロドロである。そんな腐った中身を出すわけにはいかないから、とにかく本音を封印し、表ではニコニコしていくうちに、私の心は壊れていた。

まるで能面のように、生ける屍状態だったのに、私は、そんな自分になっていることにも気づかなかった。苦しさは「メルヘン病」を使って逃げた。
「私は幸せ」とか「神様はいる!」とか暗い中身をごまかし、現実逃避をしていたら、メルヘンおばさんになっていたということである。

それから資格を取って、普通ではありえない金額を手にすると、もう誰の言うことも聞かない女王様に変わり果てた。だが、実力がないことを知っていたので、常に不安で仕方がなく、弱みを見せることも弱音を吐くことも出来ず、プライドの高さから、友人に相談するという事もなかった。

そもそも、作りまくりの自分で生きていたので、本音を言ったこともないため、友人という存在といるのは気を使い、嘘で作り上げた自分だから、疲れて仕方がなかった。

だから男性のほうが、女性という武器を使って近づきやすく、また楽でもあった。女性がとにかくライバルだから女性といると疲れるのである。だから高校を卒業しても、同級生と呼ばれる方々と、ほとんど交流はしてこなかった。

この人生の目的にしていたものが、手に入らないと諦めかけた時に、その目的自身が一気に吹き飛んだのである。

先生は色んな事を思い出されていて、多くの事を伝えて下さった。

私たちは「輪廻」というものをしていて、沢山、生まれ変わっていること。前世占いなども流行っているが、1~2回生まれ変わったとか、そんな生易しい数ではなく、何回も、生まれ変わってきているのである。

その数は計り知れない。実際は、死んでみないと分からない。生きているうちは、生まれる前の事をすっかり忘れてこないと経験に支障が出るから、私たちは、その生まれてくる前の記憶をすっかり忘れてくるのである。

先生は、同じように人間として生き、ありとあらゆる出来事や、壮絶な人生の中で、感覚がどんどん変わり、ついに人間でいながらにして、この地球の仕組みを見破ってしまったという存在だった。

今も思うし、先生にもよく話していたのだが、

「よく、気づけましたねー!あり得ないですよ、こんな仕組みになってることに気づくなんてー!」

と私は、このことになると興奮して伝えていたが、先生はその興奮する私の顔を見て笑っていた。

先生が、淡々と伝えてくださっていた、その内容に衝撃を受けた。

「あなたの、お父さんもお母さんも、あなたを見せているんだよ。」


「はっ?」 ……(゚Д゚)???

である。先生は続けて伝えて下さった。

「あのね。あなたは輪廻をしているんだよ。そのあなたは、輪廻の主人公なんだよ。そして、あなたのお父さんや、お母さんは、あなたのスタッフだ。あなたを見せるために、演技をしているだけなんだよ。

だからスタッフは、あなたが、そのクセに気づかないと、死ぬまで演技をし続けることになるんだよ。お父さん達がしているのは、お父さんのクセではなくて、あなたがしていることを見せているだけだ。

だから、あなたがそのクセに気づかないと、お父さんたちは、スタッフは、解放されないんだよ。」

…………。

「えぇーーーーー!なんだって?そんなバカな!あれは私を見せているだと?お父さんの性格じゃないのーーー!」

という驚きと同時に心の奥では、

「ヤバい!そうだ。そうだった。」

みたいな確信があった。まだ「自分を知る」ということが全く分からず、興味もなく、旦那さんを探していた、メルヘンおばさん状態ではあったが、この言葉に驚きながらも

「その通りだ!」

と、これが間違いないという事を直観的に感じていた自分がいた。だから相当、焦ったのだ。

「なんてこった!あれは、あの最悪な人間性だと忌み嫌っていたのに、私とは、真逆の人間だと思っていたのに、私の事だと?にわかには信じがたいが、いや、これは事実だ。そうだったのか!

何てこった!このままじゃ、父は、ろくな死に方をしない。それどころか悲惨な末路になって死ぬだけじゃないか!孤独に陥って死ぬはずだと思っていたが、私を見せるためだったとは。

ヤバい。ヤバい!ヤバい‼

このままでは、スタッフを解放できないまま、この不幸が続いてしまう!両親を苦しめて終わらせるだけになってしまうぞっ!なんてこった!何としても解放させなければ!申し訳なさすぎるっ!」

だった。もう「旦那さんが」とか、自分の幸せを追いかけてるヒマはない。なんとかして、こんな嫌な苦しい人生を終わらせなければならない。イヤな性格だと悩んでいた父の姿を知っている私は、こんな目に合わせているのが自分のせいだったと初めて知り、同時に感覚的に思い出した、という感じだった。

「本当か?」なんて、いつも疑う私だったが、勘だけは良いと思っていたし、直観的に本当の事だと分かっている自分がいた。この仕組みを思い出さずに輪廻を終えたとしたら「私は、相当、後悔することになる」ということだけは本能的に分かったのである。

だから「超」がつくほど焦ってしまったのだ。

なぜなら、今まで全く知らずに生きてきて、なんなら縁を切りたいくらい嫌悪し、父から逃げまくって生きてきたからだ。今まで反発し、見下し、毛嫌いしてきた存在は、私を見せる為に生きて下さっていた。

その存在を蹴り倒し、嫌い、無視し、会おうともしなかった。悲しく辛い思いをさせ、私が亡くなった後に、この事実を知ったあと、私は両親に、どう謝ればいいのか。謝って済む問題ではないほど、ハードな人生を送らせてしまった。

そんな性格になって生きる人生を、私に気づかせる為に、協力をしてくださり、その役を引き受けて下さった、私にとっては、かけがえのない命の恩人を遥かに超える存在だったのだ。

こんなことをすっかり忘れないと、もちろん、この地球では感情体験が出来ない。素晴らしい存在だったと知っていては、人を嫌うことも憎むことも出来ない。その経験をするためには必要な「忘却」ではあるが、大変なゲームだ。命がけのゲームである。

旦那さんがどうとか、言ってる場合ではないと、お花畑になっていた私の目を覚ますには、十分な内容だった。

先生はいつも、こんな、とんでもないことをサラッと話されるので、それがどれほどすごい内容なのかに気づくまで、何年もかかるし、死ぬまで気づかない内容もいまだにある。

だから、今まで生きてきた中で、私が理解し、実際に実践し、とんでもなく変化した私の中での事実を伝えていくしかないと思っている。

先生は
「みんな、完璧なんだよ。完璧な存在に誰が何を教える必要があるの?だから、僕は教えることは大嫌い。教えることはないし、教えたこともない。僕は「お知らせ」してるだけだよ。あなたにも教えたことは一つもないよ。ただのひとり言だ」

というような説明もしてくださっていた。だから、先生からゴリ押しされたり、強制されたり「やらないか!」と強要されたことなど、一度もない。

私が求めたから答えてくださっただけで、先生は最後まで「自分の為だけに生きる」ということを体現されていたし

「自分を知る為に生きている。自分を知りたい。」

と、常に自分を知る為に動かれ、全てをその為に実践されていた。

先生は実践のプロであり『話しをするだけのセミナー』という行為は、とても嫌がられていた。頼まれたから、仕事だからしているだけで、

「できることなら、人の人生に関わる仕事はやりたくない。」

と言われていた。だが、身内にも見放されたり、誰の言うことも聞かなくなっていた重症メンバーが、そこに集まっていた。

もちろん私も、その、ど真ん中にいた。先生は最後まで、私たちの手を放さず、言葉だけではなく行動で表し、常に実践し、私たちに生き方で見せて下さっていた。私は、常にそばに居た訳ではないので、その全てを見れてはいない。

だから本当の凄さは、私もまったく分かってはいない。だが先生に出逢っていなければ、間違いなく悲惨な末路を送っていたであろう私の中身が一変したことは、私だけが知っている事実がある。

この仕組みを知るのと知らないのでは、今後の人生が大きく変わるであろうことは、間違いないと個人的には思っている。だから、どうやったら伝えられるだろうかと、日々、考える。

今の自分が大嫌いで、自分の人生を呪っているのであれば、自暴自棄になる前に、まず「自分のせいだ」と気づけるかが、一つの大きな分かれ道になろうかと思う。

生きている今に疑問があるから、ここにたどり着いているのだろうし、有名でも何でもない、誰かも分からない、私が書いている内容に興味がある事が、まず、あなたの凄い所だと思う。

出逢いは偶然ではない。必然であるから、あなたが、あなたの為に、何かのキッカケになればいいだろうし、私も自分を知る為にやっている。

どうやったら「お知らせ」に徹することができるのか。最終的には「ひとり言」になれるのかが、私の課題である。なぜなら私のクセは『ゴリ押し、強制、要求、教えたがり、分からせようとする、変えさせようとする』塊だからだ。

この大いなる仕組みは学ぶものではなく、ただ思い出すものだけであり、実践したら感覚が変わるだけで、自分の容姿も環境も両親も変わらない。では、何が変わるのかといったら、感覚が大きく変わるとしか言いようがない。

では「感覚が変わるって、一体、どういうことなのか?」となるのだが、感覚は、そこに到達しないと分からないので、実践しなければ、どうしようもない。

自分で掴むしかない。それは実践した者しか分からない。常に自分との勝負なのである。そして、答えというものもない。ただ、自分の中に答えめいたものがある。シックリ来たり、楽になったり安心したりする。

このことを私の経験談として伝えるしか方法がない。全ては自分次第だからだ。そしてこれは誰でも出来ることなのだ。どちらかというと賢くないほうがいい。

賢い方や、考えが優先する場合、
「それって、どういうこと?それをしたらどうなるの?世間的に嫌われない?失敗したらどうなるの?出来なかったらどうするの?」

などと考えて終わるだけで、実践しない場合が多いので、結局つかめない。これは自分の為だけのものになる。競争もないし、しなければならないものでもない。やりたければ取り入れたらいいだけのものである。

良いのは、お金もかからず誰にも止められない。「自由」なのだ。どの選択をしてもいいのだ。人生は選択の連続だと言うが、本当にその通りだ。その選択をし続けた結果、めぐり合うのだから。

私はコンプレックスの塊で、本当に大したことではない事に悩み、弱くて、泣き言ばかりを言って、人のせいにして生きて来た。「いつか、誰かが助けてくれる」と思っていた超あまちゃんだった。

でも、最終的に助けてくれたのは「自分」だった。先生と出逢い、それを取り入れ、実践しようと選択し、その道を選んだのは自分なのだ。

なんの取り柄もなく、自分自身に価値を感じなかったお粗末な自分だったが、先生と出逢え、この仕組みを知り、伝えていただいたことを実践した結果、思いもよらない喜びを手に入れられた。その喜びは自分の中にあった。

探し続けていた人は『自分』だった。それは人間性の豊かな自分とか、お金持ちな自分とか、美しい容姿の自分ではなく「そのままの自分」「ありのままの自分」で良かったのだ。

先生はよく

「あなたは、あなたのままでいいんだよ。」

と、私が最悪な状態の時でも、そう言ってくださっていた。その言葉に一番、反発していたのは自分だった。

当時は自分が嫌いで仕方がなかったからだ。変わりたかった。でも、クセは変わらない。どうしたらいいんだと、叫んでいたが

「自分を知るだけでいいんだよ。その自分を認めるだけでいいんだよ。」

と伝え続けてくださった。この意味が、今はよく理解できる。
自分を知ったその先に、想像さえ出来なかった「知らない世界」がそこにあった。

先生は私を、そんな「知らない世界」にいざなって下さった。同じ時期に先生に出逢い、その仕組みに従って実践した方も、この感覚をつかまれている。

誰も知らない世界なので、私も出逢う方、出逢う方に、チャンスがあれば伝え続けている。実践された方は、面白いくらいに感覚の変化を体感されているようだ。

人間は「愛」だから、みな、同じ反応になるんだなと分かる。

「誰でも出来ることだから、チャレンジして損はないのではないだろうか?」

という私からの提案の一つでもある。

伝えたいことは沢山あるので、また機会を見つけて、発信していこうと思う。

それでは、今日はこの辺で。
ではまた、お会いする日まで。

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