二次創作「No.4の憂鬱」
「アンブレラアカデミー」というドラマが好きです。シーズン2までやっています。一番好きなのはファイブ君なんだけど、クラウスとベンのコンビも好き。今日はクラウスとベンの二次創作小説みたいな何かを挙げます。
↓ 以下本文
―死者と会話をすることができる―
自らの能力を初めてありがたいと感じたのは、弟が死んだ時だった。
「クラウス、さすがにそれは薬のやりすぎだよ。よくないって」
なんだろう、死んだ弟の声が聞こえるな……ああ、ちょうど程よくラリってきたところだ。いつもの幻聴だろうさ。
「幻聴なんかじゃないよ」
薬は楽しい。楽しいな。聞こえるはずのない声だって聞こえる。死者にだって会える。そうだろう?ま、これはただの幻覚なんだけど。
「お前が一番わかってるんだろ」
そう、これは幻覚。幻覚なの。俺の目の前で呆れた顔をしている弟も。弟の後ろに佇んでいる、腹からイチモツ飛び出させてるあのオッサンも。なんなら俺の視界の右端を漂っているやけに首の長いネーチャンもさ。みんな、みんな、薬の見せる幻覚ってワケ。楽しいよねホント。やんなっちゃうくらいにさ。
「クラウス」
「クラウス」
「クラウス!」
「聞こえてるよ」
「じゃあ無視すんなよ」
……流石に鼻先スレスレに立たれたら無視もできない。というか近すぎ。何が楽しくて好みでも何でもないヤローの顔なんてめいっぱい見なきゃなんないの。
「やめろよ。せっかく今いい気分なのに」
「薬で脳が溶けてるんだよ」
「いいよ。溶けても。溶けろ溶けろ。こんな脳」
ベンがこれ見よがしにため息をつく。
あーあ、こいつと会えて純粋に喜んでいたはるか昔の俺、かわいかったな。神様、俺にこんな素敵な能力を授けてくださってアリガトーって、真面目に感謝とかお祈りとかしちゃって。ホント可愛い。ま、お祈りは3日も持たなかったけどね。
薬はいい。キメると頭の中ふわふわしてきて、綿菓子みたいに。俺を怖がらせる幽霊どもも、クソみたいな現実も、おっかねえ兄弟たちも、みんなふわふわ、ゆるキャラみたいに可愛くなってさ。ベンはいつか死ぬぞって脅かしてくるけど、ふわふわ、ふわふわ、綿菓子に囲まれてふわふわな気持ちで死ねたら幸せじゃない?
覚める瞬間が本当に最低だから、もう二度とこの可愛い世界から覚めたくないんだけど。あいつはわかってないんだよね。この世界がどれだけ直視に耐えないひどいとこか。子供のまま死んじゃったからね。かわいそ。
「ベンは死んでも綺麗だね。他の奴らはあんなにグロテスクなのに。なんでだろ」
ふわふわした気分のまま尋ねる。今ならグロい死人たちだって見えるよ。ほら見てあのおじさんの腹から飛び出している腸。グルグルしててまるでペロペロキャンディみたいだね。
「さあね。家族だからじゃない」
「ハッ……血もつながってないのに家族とか」
実際俺ら兄弟をつなげているのって、訳もわからないクソみたいな超パワーだけじゃない。親父に至ってはそれすらないし。金で買われた家族にそんな特別あるわけない。
おおげさなぐらい口をあけて、ベロを出して笑ってみせる。できるだけ下衆に見えるようにね。ベンが眉を顰める。あいつこの笑い方嫌いなんだ。ざまみろ。道行く人間も眉を顰める。何見てるんだよ失せろ。
いつかベンに言われたことがある。
「クラウスがいたら、俺ら兄弟みんな死んじゃってもまた会えるね」
何俺だけ生き残るみたいな言い方してくれちゃってんの。
―死者に会える―
その能力をありがたく感じたのはベンが死んだとき。
その能力を末恐ろしく感じたのは、ベンからその言葉を聞いた時だった。
「ベンはそんなに綺麗なのに、俺と一緒に歳だってとっているのにさ、どうしていないの」
まずい。まずいなこれは。ネガティブな質問が出るときはもうすぐ薬が切れる合図だ。
「それは……」
ああ、ベン、答えないでくれ。これは間違い。間違いなんだ。質問なんかじゃない。お願いだから答えないで。俺に現実を見せないで。
「俺がもう、死んでいるからだよ」
俺の、俺の可愛い弟は、いいこだから、こんなどうしようもない質問にもきちんと答えてくれるんだよな。くそったれめ。
「クラウスだって知っているだろ」
優しくてかわいくて、残酷な弟め。顔色一つ変えないで、そんなむごいことを言ってくる。
「知らない。俺は知らない。お前が死んだなんて知らない」
駄々っ子のように首を振る。頭が重い。もう薬が切れるんだ。なんで。さっき吸ったばかりなのに。
「だって俺には見えてるもん。お前の姿が。話だってできる。一緒に歳をとってきたじゃないか」
「それはお前が……」
「どうして俺なんだ!!」
自分の出した声の大きさに、自分でおびえて止まらなくなる。いつもそうだ。いつも。
「どうして俺がそんな…だって!無理なんだよ!俺がそんな!俺自分のことでもこんななのに、そんな俺が他人の命まで背負えるわけないだろ!」
ああ、ベン、そんな悲しい顔で俺を見るなよ。ごめん。ごめんよこんな大きな声で怒鳴っちゃって。嫌いなわけじゃない。大好きだ。大好きなんだよ。
「選べるんなら、こんな能力選ばなかった……俺だって、すごく力が強いとか、速く動けるとか、そういう、そういう単純なやつがよかった…ルーサーなら…ルーサーならしっかりしているからさ…それか、ファイブなら…あいつは、かしこいから…俺じゃなきゃよかった…俺じゃなきゃよかったのに…」
ごめんなベン。死んだお前を唯一認めてあげられる人間が俺で。俺なんて、逃げることしかできないのにな。
涙と鼻水が止まらなくて、吐き気もしてきて、恐ろしい現実が俺に追いつく。帰ってきたくなかったのに。
ふいに、誰かに肩をたたかれて飛び上がった。ここには俺に触れられない者しかいない筈なのに。ついに現実が実態をもったのか?
「クラウス、ここにいたのか。探したぞ」
「なんだ……ディエゴか…現実に捕まったかと思ったよ」
「お前、まだ薬がぬけてないのか?」
帰るぞと、言われた気がするけど、ひどく身体が重くて起き上がれない。帰るって、どこに?牢屋の中か?ぼんやりしていたら、舌打ちとともに背負われた。なんだかんだ言って弟を見捨てられない。ディエゴは優しい兄ちゃんだよな。
兄におぶさりながら帰る間際、どうしても後ろをむけなかった。弟の顔を見れない。きっと失望しているから。期待されるのは嫌なのに、失望されるのは怖いんだ。勝手だよな。
「俺は、俺を見れるのがクラウスでよかったよ」
風に乗ってベンのつぶやきが聞こえた気がした。優しい。優しいなあベンは。それともこれは俺の都合の良い幻聴なのかな。
「ディエゴ…」
背中からか細く弟の声が聞こえる。ろれつがはっきりしている。やっと薬から覚めたのだろうか。
「なんだよ」
小さく鼻をすする音が聞こえる気がする。…泣いているのか?大の大人が?勘弁してくれよ。
「お願いだからディエゴは、俺より先に死なないで。お願い。お願いだから、俺を置いていかないで。俺を、一人にしないでくれ」
いつになく真剣な口調だったから、思わず後ろを向いてしまった。いつも薬と酒でベロベロに酔っぱらっている弟の本音を、初めて聞いた気がした。
「ベンみたいにかよ」
はっきり言ってやると傷ついた顔をする。弱い。弱い弟だ。こいつは。俺は弱い人間は大嫌いだ。これが他人なら、その辺に捨てて帰ってやるものを。
「くっだらね。お前、素面でもバカなんだな」
吐き捨てて歩く。背中に弟をおぶさりながら。
まったく、本当によ。これが赤の他人なら、捨てて帰ってやるものを。