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GUILTY&FAIRLY 『紅(あか) 別の世界とその続き』著 渡邊 薫    

第八話 門番

 

僕らは誰にも言わずに、二人であの海に向かった。

海は夕陽に照らされ赤く染まり、優しく波うち、まるで僕らを手招きしているようだった。

 

僕は正しい選択ができているのだろうか。

僕は、今度こそ君を守れるのだろうか。

 

リリーは波打ち際に立ち、またあの歌を歌った。

赤い海からその歌に応えるように、神々しく人魚のアンナが現れた。

「アンナ、私……」

リリーがそう言うと、アンナは、

「決まったのね、覚悟。……彼も一緒に?」

そう言って僕の方を見た。

僕は、静かに頷いた。

アンナが優しく笑い、海に向けて大きく手を振った。

すると海が割れて、道ができた。

リリーは、覚悟を決めた顔でその道を歩き出した。

僕もリリーに続いた。

僕らが歩き進めると、海は大きな門を閉めるように後ろの道は海で閉ざされた。

アンナは海の中を泳ぎながら僕たちを奥へ奥へと誘導した。

ずっと歩き続けてどれくらいだろう。

割れた海の断面には色々な海の生き物が見えた。

もちろん人魚も。

海の生き物を見渡しながら僕らは歩き続けた。

深く、深く潜るように。

数時間歩き続けて、色鮮やかなサンゴ礁に囲まれた場所にたどり着いた。

そうすると僕らを円で囲むようにして周りがぐるりと海になった。

 

アンナが、「ここよ」と言うと、色鮮やかで巨大なサンゴ礁の奥に何かが動くのが見えた。

現れたのは、半身タコのお爺さんだった。

「ここの長老よ」

タコの長老は、僕らの方をチラリと見てアンナに言った。

「代わりの門番を見つけたのだな」

アンナは妖艶な笑みでゆっくり頷いた。

 

代わりの門番? どういう事だ?

アンナはリリーに

「後は頼んだわ」と言うと、リリーはコクリと頷いた。

リリーが頷くのを見て、アンナは安心したように笑った。

そうしてアンナがタコの長老のそばに寄ると、タコの長老は手を一振りした。

アンナの鱗はボロボロと剥がれていき、僕らを囲っている水面にへばりつきキラキラと光を放ち、僕らを鏡のように映し出した。

アンナ自身は粉々になって消えてしまった。

リリーはアンナから聞いていたのか驚いた様子はなく、ただ静かに涙を流していた。

タコの長老が言った。

「さあ、扉は開かれた。どんな姿になるかはお楽しみだ」

そう言うと、僕らの体はキラキラと光りだし、僕の腕は鱗のようなもので覆われ始めた。

目の前では、リリーも姿を変え始めていた。

 

彼女が人魚だったら、この世の生き物とは思えないほどに美しいに違いない。

僕は変わっていく彼女の姿に息をのんだ。

彼女の体はみる見るうちに美しく光る鱗に覆われ……半身が、魚になった。

……いや、まだまだ変わり続け……顔の半分までもが魚になってしまった!

あまりに予想外の事態に、僕は言葉を失ってしまった。

彼女は姿を変え終えると、すぐに周りに映し出された自分を見た。

「何で? これが私なの?!」

彼女の悲しい声が響いた。

僕も姿が変わり終えたが、半身も魚になっていなかった。

リリーは自分の体を見ながら落胆していた。

「ここでもそうなんだわ。私はダメな人間だった」

「ダメなんかじゃないよ」

「人間の形を保てなかった。こんな姿で、ここでも私は笑われるの」

「笑ったりなんかしないよ」

彼女は顔を隠して泣いていた。

「……そうだ! 長老、もう一度彼女にチャンスをくれないか? 僕なら全身魚だって良い」

蛸の長老が言った。

「何度やっても結果は同じだ。魚と人間の割合を決めているのは、誰かじゃない。自分自身だ。自分に肯定的な人間ほど、元の形を保てる。つまり人間の割合が多い人魚になる。彼女はきっと、自分に否定的なんだね」

「じゃあ、姿を変えるにはどうしたら良いの? あなたには変えられないの?」

「私には無理だが、変えられる人はいる」

「どこに?」

「分かるだろう?」

「……。彼女自身?」

タコの長老は頷いた。

「自分で自分を認める事だ。ダメな所も良い所も。自分を認めることができれば、覆われた魚の皮が剥がれてくる。……特に、良い所を認めるのが難しい。……さあ、彼女には今から責務が課された。この世界と人間界の門番だ。代わりが来るまで、この世界に留まり続けるんだ」

僕は驚いてリリーの方を見た。

長老は続けて言った。

「彼女は知っているさ。門番の受け渡しのルールに説明責任がある。アンナから聞いているはず。彼女は全部分かってここに来ておる」

僕は、期待していた彼女の新しい世界が、こんな形で始まってしまった事にショックを受けていた。

自分が止めていれば……。

事態は良くなるどころか更に悪くなってしまったのではないだろうか。

門番って一体どうなるんだ?

この世界で僕たちはどうやって暮らす? 様々な疑問が僕の中で一気に不安と共に押し寄せた。

僕は勝手に新しい世界は、もっと素晴らしいと心のどこかで確信していた。

長老が珊瑚の奥に戻っていくと、先ほどまでガラスの様に固まっていた海の断面が一気に崩れて大量の水が押し寄せた。

僕らはその水の勢いに飲み込まれ、体が押し流され、視界は激しく揺さぶられた。

 

意識は遠のき、目を覚ますと海の底で倒れていた。

辺りには、色あざやかなサンゴ礁、見たこともない海の生き物。

……リリーは? リリーがいない!

 

僕は使った事もない尾鰭を一生懸命に動かし、辺りを泳いで探した。

息もできる。

ずっと、ぐるぐると泳いでいると、岩陰に隠れている美しい生き物がいた。

リリーだ。

僕にはほとんど魚になった彼女も美しく見えた。   

彼女の肌はオーロラのように光り、紫色にも、青色にも見えた。近寄った僕に気づき、小さな声でリリーが言った。

「嫌いにならないで」

——なる訳がない。

当たり前だ。

僕は彼女の頭を優しく撫でながら頷いた。

「もちろん嫌いになったりしないよ。……ところで、リリーは門番の話アンナから聞いていたの?」

リリーは僕の問いかけに、俯いたまま頷き、

「アンナが、門番を代わってくれるって。アンナはもうずっと長い事、門番をしてきたから終わりにしたいと言っていたの。……アンナが消えちゃう事、私、知っていたの。アンナもそれを望んでいたし。……その事、言わなくてごめんなさい」

「そうか。リリーが謝らなくても良いよ。アンナはそうなる事を望んでいたんだろう? ……長い間って、アンナはどれくらい門番をしていたの?」

「……二百年くらい。大体それぐらいだって」

「二百年!?? そんなに?」

——二百年。

気が遠くなる程の年月、これから彼女がそれを背負って生きていくのか。

 

リリーは、まだ俯いたまま続けて言った。

「私、役割が欲しかったの。私にしか出来ない役割。門番はこの世界で同時に二人はできないって、一人だけしかなれないって言っていたの。特別になりたかった。それだけなの」

「……うん。大丈夫だよ。僕がいる。こっちの世界でうまくやれるさ」

 

俯いたままの彼女は弱々しく、儚げだった。

彼女が、ただ息をして、僕の隣で笑いかけていてくれるだけで僕には価値がある。

 

僕は、彼女をぎゅっと強く抱きしめた。

また繰り返すのは嫌だ。

もうあんな思いをするのは嫌だ。

リリーがちゃんとここに存在するだけで嬉しかった。

僕は目の前のリリーを大切にしようと思った。


GUILTY&FAIRLY  『紅 別の世界とその続き』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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