【小説】 蒼(あお)〜彼女と描いた世界〜 第13話
第13話
先に進むと、先ほどまで小さく咲いていた花が段々と大きくなり、あちらこちらに蔓を伸ばし、木々に巻きついていた。人の頭ほどの大きさの花が、木の上からだらりと垂れて、チカチカと光っていた。
「すごい!」
リリーは、美しい光景に嬉しそうだった。
「ねぇ、見てすごい!この辺りすごく綺麗よ! あちこちでピカピカ光ってて、お花のお祭りみたい」
ウィリアムも、その美しさに感動していた。
「すごい。こんな光景見た事ない。……それにしても、すっごく大きな花だねぇ」
オリバーは、嬉しそうに花に興味を向ける彼らにまた注意をした。
「ねぇ、僕の話聞いてるかな? その花が危険だと言っただろう?」
「だって、見るなっていう方が無理じゃない? そこら中にお花が咲いているわ」
「それでも意識を向けるなと言っているんだ」
オリバーはそう言っていたが、ジャンもリリーと同意見だった。
「こんなに咲いていると、見ない様にするのも難しいよね」
オリバーは、また大きくため息をついた。そして、少しでも先に進めるように足を早めた。
奥へと歩き進めると、リリーが大きな声を出した。
「人がいる! あの人もお花に見惚れているわ」
木から垂れ下がっている花に、見惚れている男性がいた。
ウィリアムの視界も、同じ人を捉えた。
「本当だ! なんだ、人がいるじゃないか。お〜い、ひとりかい? お〜い!」
「お〜い!」
ジャンも一緒になって大きな声を出して呼びかけた。
「おいっ! やめろよ。迂闊に声を掛けるな」
オリバーは二人の事を怒ったが、ジャンはオリバーに言い返した。
「だって、もし一人で森の中で迷っているなら助けてあげないと」
ジャンは走って男性に近づき、肩を叩いた。
「大丈夫か?」
花に見惚れている男性は、ジャンの事を見もせず、ひたすらに花がチカチカ光っているのを見ていた。うっすらと笑みを浮かべながら花を見続けている様子は、不気味さを纏っていた。
「どうしたんだろう? 聞こえてないのかな?」
ジャンが奇妙な顔をして、オリバーの方を見た。
「ああ、もうかなり持っていかれているな」
リリーが男性の周りを飛びながら聞いた。
「どう言う事?」
「囚われているんだよ。この花は、人間の視覚を刺激し続けて、他の感覚を衰えさせる。廃人にさせていくんだ」
ウィリアム達は顔を見合わせた。
「どうしたら良いの? 助けないと」
ジャンは慌てていたが、
「もう遅いよ。それに、彼は荷物を持っていない。多分自分から望んでやって来たんだ」とオリバーは冷静に言った。
「どう言う事?」
「この花は、覗き込んでいる人に幻覚を見せている。楽しい思い出や、夢。本人には現実と区別がつかないくらいリアルにね。でも、体はゆっくりと朽ちていき、やがてゆっくりと死ぬ。良い夢を見ながら。まあ、つまり安楽死を求めてくる、知る人ぞ知る自殺の名所だよ」
リリーは聞き返した。
「自分から望んで来たって事?」
「まあ、そう言う事だよ。幸せに、誰にも迷惑を掛けずに、痛みも感じずに死ねる。現実から逃げ出したい人にとっては楽園だね」
ジャンは、奇妙だ。という顔をしていた。
「こんなにげっそりしているのに、何も感じないの?」
「言っただろう? 視覚以外の感覚は衰えていくって。彼はもうきっと、空腹も、寒さも暑さも、痛みも感じない。ただ幸せな夢を見ているのさ。きっとなりたかった自分がいる世界でも見ているんじゃないのかな。この場所が彼の選んだ幸せさ」
ジャンは、
「なんか、可哀想だね」と彼を見ながら言った。
「同情するほど彼の人生は悲惨かな? むしろ彼は今幸せなんだ。放っておいてやれ」
リリーは、ジャンの頭の辺りを飛びながら言った。
「オリバーって冷たい」
「君たちこそ、彼の事を見下しているんじゃないのか? 君たちは、彼を可哀想に思うほど、良い人生でも歩んでいるのか? 人の幸せはそれぞれだ。自分と比べるもんじゃない」
ジャンは、
「見下してなんかないよ。……でも、この植物って何がしたいんだろうね。夢を見させたり、良い思いをさせて、命を奪うなんて」
「正確には、見させていると言うより、多分人間から吸い出してるって感じかな。夢や欲望を奥底から引っ張り出す感じだよ。エネルギーになるものを吸い取って自分の成長にでも使っているんじゃないのか? 他の花より大きいしね」
リリーは残念そうに言った。
「綺麗なお花だと思ったのに」
「それより、ジャン。君は大丈夫なのか?」
「僕は死ぬ気もないし、花を見続けたりはしないよ」
オリバーは、ふうん。と頷いた。
「まあ、正気は保ってそうだね」
ウィリアムは、ひとしきり会話が終わったのを見届けて、
「じゃあ、先を急ごう」と先陣をきったが、方向が分からなかったのであっさりとオリバーに先頭を明け渡した。
進めば進むほど、あちらこちらに花に見惚れている人間が現れた。
中には大荷物を持っている者もいて、花の事を良く知らずに囚われいる者たちもいた。
皆うっすらと笑みを浮かべ、蒼白い顔をしていた。