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【小説】 猫と手紙 第9話

第9話

僕は今日誕生日で、二十八歳になった。
ちょうどハイブランドの大きな仕事に抜擢されて、その仕事のお披露目の日でもあった。
緊張はしたけれど、みんなすごく良かったと褒めてくれた。

その日の夜、同僚がバースデーパーティーを開いてくれた。
貸し切りで、テラスもある広いお店に、仕事仲間や友人が集まってくれていた。

「おめでとう!」
「最近、活躍しているね!」
沢山のお祝いの言葉や、褒め言葉をかけてもらった。
手の込んだ料理がズラリと並んでいた。
仕事も順調で、こんなに盛大なパーティーで沢山の人に囲まれている。
何一つ僕に足りないものは無かった。全てうまくいっていた。

これを幸せと言うのだろうな。
沢山のお酒を飲みながら、ふとそう思った。

けれど……何かが欠けている気がしてしょうがなかった。何かが足りていない。
賑やかな会場のはずだけれど、僕の周りの音だけがぼんやりと遠のいて聞こえていた。

ふと風に当たりたくなってテラスに出た。静かに風が吹き、程よく暗いテラスは心が落ち着いた。
テラスから会場を眺めると、煌びやかな人達もなんだか他人事の様に見えるこのパーティーも、僕の目にはぼんやりとぼやけて映っている。
ぼんやりとした頭で、

僕は眺めていた。自分の人生を。
 
これが10年追いかけてきた、自分の欲しい物だったのか。
それともこの人生の延長線上にあるのか。僕は正しい道にいるのか。
これで合っていたのか。よく分からなかった。

やはりこの疑問はずっと消えずにいつも僕の頭の中をぐるぐると回っていた。

会場は賑やかで、主役のはずの僕の居場所を特に誰も気に留めてはいなかった。
けれど寂しい訳では無かった。
そこは大勢がいて煌びやかであっても、何かが足りていない。そんな気がした。そこには僕の一番求めるものは、無い様に見えた。
キラキラとした様子はまるで、美しく装飾が施された空っぽの宝箱の様だった。
周りから見ると華やかで、何か人々をワクワクさせる様な期待感を纏い、中身は何も入っていない宝箱。
このパーティーを準備してくれた人達を非難したい訳ではない。むしろ感謝しかしていない。こんなの、良くない例えだ。
 
……分かっていた。
空っぽなのは僕自身だ。欠けている物。
僕にはやりたい事も、欲しい物も、夢中になれる物が何も無かった。
何も追いかけてきていなかった。
なんとなく周りの空気に流されてばかりいた。
 
褒められるのはいつも外見だった。
僕といてもきっとみんな楽しいなんて思わない。
僕自身も楽しみなんて無かった。
心が揺れ動くなんてことはもう何年も無い。ただ毎日を繰り返していた。
この場所は、幼い頃から身なりを整えられて褒められていた僕みたいだった。

装飾された空っぽの宝箱。
期待させるだけさせておいて、箱を開けられたら何もない。ただの箱だ。
きっとガッカリさせてしまう。
僕には何も無い。褒められてきたこの外見しか僕に価値はない。
いくら評価されても、僕には何も無い様にしか思えなかった。
どこか他の人を褒められている気持ちにさえなった。
こんなに良い事しか起こっていない場所で、嫌な事ばかり考えていた。
 
今日は無駄な事ばかり考えてしまう。多分僕は飲み過ぎていた。少しふらつく足でトイレに向かった。
すると入り口あたりで、僕の名前が聞こえてきた。
そして続けて、
「あいつ、調子に乗っているよな。まあ、顔とスタイルだけは良いからな」
……そう聞こえた。

ああ、僕は外側しか価値がない。分かっている。
必死に抱えてきた武器は外見だけだ。そんな事、僕が一番分かっている。

こんなタイミングでそんな話聞きたく無い。
いつも中身は誰も覗こうとしない。
覗かれたくもない。
 
……多分、ただの冗談の掛け合いだった。
笑いながら軽く話している様子だった。

けれど、僕はトイレに入れなかった。
そのまま誰にも言わずに、タクシーを拾って家に帰った。

僕の為のパーティー。僕が不在でも、きっと十分だ。
同僚には、明日お礼を言おう。
今は、一人でいたい。



 

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