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GUILTY&FAIRLY 『蒼(あお) 彼女と描く世界』 著 渡邊 薫
第十話 約束の日
「オリバー、いつ来るのかなぁ」
「さあ。時間を言ってくれなかったからね。僕にも分からない」
二人は、準備万端でいつでも出られるようにと待ち構えていた。
店の看板は閉店になっていて、『しばらくの間休業させていただきます』と張り紙がされていた。
時計が十時を回った頃、店のドアが開いた。
「オリバー!!」
「やあ、お待たせ。ちょっと店に寄ってきたから遅くなったよ」
そう言って、手にはフルーツサンドが三人前入った袋を持っていた。
「オリバーって、つんとしているのに、意外と可愛らしい食の趣味をしているよね」
ジャンの耳元でリリーが囁いた。
それを聞いてジャンは、ふふっと笑った。
「さて、準備出来ているなら、早速行こう」
「いよいよ始まるのね」
「ああ。早速行こう。日が暮れてしまう前に、ある程度進んでおきたい」
それから三人で、森に向かって歩き始めた。
森の目の前まで来ると、オリバーが後ろを振り返って言った。
「さっきからコソコソと後をつけて何をしているんだい?」
物陰から、のっそりと出てきたのはウィリアムだった。
「大荷物だったから、本当に森に行くんじゃないかと思って、ついて来たのさ。まさか仲間までいるとはね」
そう言って、ジャンとリリーの方をちらりと見た。
「本当に行くとしても、あなたには関係ない。ここまで来て止められた所で、じゃあやめるとはならないよ」
「いや、止めに来たんじゃない。……私も一緒に連れて行ってくれ」
「正気かい? 大体、荷物だって事前に準備してきたわけじゃないだろう?」
「急いで詰め込んだけれど、大丈夫だ。足りないものは自分で何とかする」
「……何で行きたいのか知らないけれど、……正直、仲間はある程度いる方が良い。君がどうなっても僕は責任を取れないけれど良いかい?」
「ああ」
「じゃあ、話は決まりだ。ここでこの話をダラダラしている時間はない。とにかく君の話は後だ。……ところで、名前は?」
「ウィリアムだ」
「ウィリアムね。僕は、オリバーだ」
そう言うと、オリバーは背中に背負っていた大きな鞄から資料を取りだして言った、
「じゃあ、これからこの森に入って行くんだけれど、その前にみんなにテストをしてもらう」
「テスト?」ジャンはふしぎな顔をして聞き返した。
「……この森は、【囚われの森】と呼ばれている。けれど、なぜそう呼ばれているのかまでは、あまり知られていない」
「森に行った人がみんな帰って来ないからじゃない?」とリリーが発言した。
「まあ、つまりはそういう事なんだけれど、正確には森のある地点で囚われるからなんだ」
「ある地点?」
「ああ。ある地点なんだけれど、いくつかあって、その場所はその人の特性によって変わってくる」
「人によって囚われる場所が違うの?」
リリーがそう聞き返えすとウィリアムが、ずいっとオリバーに近づいて聞いた。
「それは、どういう事なんだ?」
「人間には、五感が備わっているのは知っていると思う。視覚、聴覚、触覚、味覚。まあ、細かく言うと五感以外にもまだあるけれど、今大事なのは、この五つだ。……どの感覚をより多く使うかはその人のクセによって異なってくる。そのクセを理解することがこの森を抜ける重要なポイントになる」
「え? 訳わかんないよ。どういう事?」ジャンは気になり質問した。
「うん。だから順を追って説明するよ」
オリバーがそう言ったが、ジャンは質問を続けた。
「そもそもその感覚って人によって違うの?……どれを多く使うかで言ったら、視覚とかじゃない?」
オリバーは、なるべく冷静に答えた。
「まあ、そのタイプは確かに多い。けれど、音で物事を捉えるのが得意な人や、手で触れた事を認識しやすいタイプもいる。理屈より体で覚えるタイプの人っているだろう?」
「そう言われたら何となくわかる。……けれど、自分が何を一番使っているかなんて分からない」
ジャンの湧き出る疑問は止まらなかった。
「だからさっきテストするって言っただろう。……はぁ。……ただ、リリー、君は妖精だからこのテストがそのまま使えるかは、よく分からない。妖精は第六感が発達しているとも聞くからね」
「第六感って何だい?」
今度はウィリアムが質問した。
「簡単にいうと、直感が鋭かったりするって感じかな」
そうオリバーが答えると、ウィリアムとジャンはリリーの方を見たが、
「ふーん。私にはよく分からない」とリリーは不思議がった顔をした。
「まあ、良いさ。一緒にテストしよう。……まず、目を閉じて、リラックスして、僕の声に集中して」
そう言われて、みんな緊張しながら目を閉じた。
「次に、それぞれ猫をイメージして」
「……」
「……イメージ出来た? じゃあ、もう良いよ。目を開けて。テストは終わりだ」
「え? もう終わり? 何それ。こんなので何が分かるの?」
「ジャン、君はどのように猫をイメージした?」
「普通に、黒い猫がこっちを見ている感じかな?」
「そうか。リリー君は?」
「私は白猫。それで、なんか猫の匂いがしたわ」
「匂い? 猫をイメージしてって言われただろう?」ジャンはリリーを見て言った。
「だから、イメージしたら猫の匂いがしたの」
「嘘だろ? 匂いなんてするのか?」今度は不思議そうにオリバーに尋ねた。
「だから、人によって感覚は違うと言っただろう。ウィリアム君は?」
「私は、膝の上でフワフワの毛並みを撫でていた」
それを聞いてオリバーは頷きながら、
「そうか。分かった。——じゃあ、テストの結果を伝える。人間は五つの感覚でも、特に視覚優位タイプ、聴覚優位タイプ。身体感覚優位タイプに分かれる。嗅覚、触覚、味覚は全部最後の身体感覚優位タイプに分類する」
「今ので、それが分かったって事?」
「そう。ジャンが視覚優位タイプ。リリーが身体感覚優位タイプ。ウィリアムも身体感覚優位タイプだ」
「オリバーは何だったの?」
「僕は聴覚優位タイプだ。それで、この森はさっき言ったある地点で、この三つのタイプそれぞれ囚われてしまう場所が変わってくる。最初の森が、多くの人が留まってしまう囚われの森。ここは、視覚優位タイプが危ないから、ジャンに特に気を付けて先を進もう。次の森が、強欲の森。身体感覚優位の人、ウィリアムとリリーは気をつけて。最後が、記憶の森。ここは、聴覚優位の人が……と順番だと言いたいところだけれど、ここも身体感覚優位の人、特に嗅覚が鋭い人が危ない。この三つの森を抜けると、扉のある森に辿り着ける」
「危ないって、何があるの?」
「それは、行ってみれば分かる。僕も、情報を集めただけで、実際に行くのは初めてだ」
そう言うと、資料をたたみオリバーは先陣を切って歩き始めた。
みんなもオリバーの後に続いた。
「なんか、ただ木がたくさん生えているだけに見えるけれど」
「まだ、入り口にもたどり着いていないからね」
「目の前のが、その囚われの森っていうのじゃないの?」
「特別な森に入るには決まった入り口がある。入り口自体は森の中に点在しているけれど、迷いにくい入り口はこっちだ」
森を進むと、不思議な形の大きな太い木が現れた。
二本の太い木がグニャリと半円を描くようにして、くっついて並んで真ん中がドーナツのように空いていた。
「この中を通る。ここから先が注意しないといけない森だ」
「変な形の木。でも、こんなところが入り口なの? 木の隣を通ってもダメなの?」とリリーが聞いた。
「一緒に来る気がないなら君はそっちを通れば良いよ」
「意地悪な言い方。ちょっと聞いただけじゃない」
「……この木の間だけ、磁場が狂うんだ。方位磁石を見たらわかるよ」
そう説明して、オリバーは沢山ポケットのついた洋服の、胸のあたりから方位磁針を出して見せた。
「すごい!! 変な動き!!」
「この磁場の狂いが、この入り口を作っているんだ。でも、ここから先は、僕も実際には行ったことはない。この資料だけが頼りだ。集める事ができた資料は少ないけれど、これを頼りに進む。覚悟ができた人は、僕の後についてここをくぐって」
そう言うと、オリバーは木と木の間をするり、とくぐった。
木の反対側に出てくるはずのオリバーの姿はなかった。
「本当に、どこか別の場所に行っちゃったの?」
リリーは、残りの二人の方を見てから、オリバーの後に続いた。
ウィリアムもその勢いで付いて行き、慌ててジャンが最後に通った。
みんな通り抜けると、ウィリアムが言った。
「なんか空気が違う?」
「ええ、なんか軽やかな空気。それに、何だか、さっきまでの森と似ているようで違うわ。さっきまで全然お花なんて咲いていなかったのに、あちらこちらにお花も咲いてる! それによく見ると、このお花、ピカピカ光っていない?」
「本当だ。花の真ん中に豆電球でもあるみたいにチカチカ光っている」
歩き進めるにつれて、咲いている花の数が増えた。
「なんか、危険な森というか、幻想的な森だね」
「ここからだよ。ジャン、君が一番危ないんだ。気をつけて」
「気をつけてって言われても、何に気をつければ良いの? 森に入る前にもっと地図を見せてくれるとか、森の中を説明してくれるとかすれば良いのに」
「花さえ見なければいい。詳しく知っていたところで結果は同じさ。どの場所も通らなければ最後まで行けない。先に君たちに色々と説明したら、反対されるかもしれないからね」
「自分だけ知っているなんて」
「ここは、仲間がいれば通り抜けられるさ。ただし、幻想的な花を見続けちゃダメだ。なるべく目を逸らして。ジャン以外も気を抜くと持っていかれるから、気をつけて」
先に進むと、先ほどまで小さく咲いていた花があちらこちらに、蔓を伸ばし、木々に巻きつき、人の頭ほどの大きさの花が木の上からだらりと垂れて、チカチカと光っていた。
「すごい!」
リリーは、美しい光景に喜んでいた。
「ねぇ、見てすごい! この辺りすごく綺麗よ! あちこちでピカピカ光ってて、お花のお祭りみたい」
「すごい。こんな光景見た事ない。……それにしても、すっごく大きな花だねぇ」
「ねぇ、僕の話聞いてるかな? その花が危険だと言っただろう?」
奥へと歩き進めると、リリーが大きな声を出した。
「人がいる! あの人もお花に見惚れているわ」
「本当だ! なんだ、人がいるじゃないか。お〜い。ひとりかい? おーい。ってば」とウィリアムはその人に向かって大きな声で話し掛けた。
「おいっ。やめろよ。迂闊に声を掛けるな」
「でも、もし一人で森の中で迷っているなら助けないと」
ジャンも、木から垂れ下がっている花に見惚れている男性に近寄って、肩を叩いた。
「大丈夫か?」
男性は、ジャンの事を見もせずひたすらに花がチカチカ光っているのを見ていた。
うっすらと笑みを浮かべながら花を見続けている様子は不気味さを纏っていた。
「どうなっているんだ? 聞こえてないのか?」
ジャンが奇妙な顔をしてオリバーの方を見た。
「ああ、もうかなり持っていかれているな」
リリーが男性の周りを飛びながら聞いた。
「どう言う事?」
「囚われているんだよ。この花は、人間の視覚を刺激し続けて、他の感覚を衰えさせる。廃人にさせていくんだ」
「そんな、助けないと!」
「もう遅いよ。それに、彼は荷物を持っていない。多分自分から望んでやって来たんだ」
「どう言う事?」
「この花は、覗き込んでいる人に幻覚を見せている。楽しい思い出や、夢。本人には現実と区別がつかないくらいリアルにね。でも、体はゆっくりと朽ちていき、やがてゆっくりと死ぬ。良い夢を見ながら。まあ、つまり安楽死を求めてくる、知る人ぞ知る自殺の名所だよ」
「自分から望んで死にに来たって事?」
「まあ、そういう事だよ。幸せに、誰にも迷惑を掛けずに痛みも感じずに死ねる。現実から逃げ出したい人にとっては楽園だね」
「こんなにげっそりしているのに、何も感じないの?」
「言っただろう? 視覚以外の感覚は衰えていくって。彼はきっと、もう空腹も、寒さも暑さも、痛みも感じない。ただ幸せな夢を見ているのさ。きっとなりたかった自分の世界でも見ているんじゃないのかな。この場所が彼の選んだ幸せさ」
「なんか、可哀想だね」
「同情するほど彼の人生は悲惨かな? むしろ彼は今幸せなんだ。放っておいてやれ」
「オリバーって冷たい」
「君たちこそ、彼の事を見下しているんじゃないのか? 君たちは、彼の事を同情するほど良い人生でも歩んでいるのか? 人の幸せはそれぞれだよ。自分と比べるもんじゃない」
「見下してなんかないよ。……でも、この植物って何がしたいんだろうね。夢を見させて良い思いをさせて、命を奪うなんて」
「正確には、見させていると言うより、多分人間から吸い出してるって感じかな? 夢や欲望を奥底から引っ張り出す感じだろう。エネルギーになるものを吸い取って自分の成長にでも使っているんじゃないか? 他の花より大きいし」
「綺麗なお花だと思ったのに」リリーは残念そうに言った。
「それより、ジャン。君は大丈夫なのか?」
「僕は死ぬ気もないし、花を見続けたりしないよ」
「まあ、正気は保ってそうだね」
「じゃあ、先を急ごう」
進めば進むほど、あちらこちらに花に見惚れている人間が現れた。
中には大荷物を持っている者もいて、花の事を知らずに囚われている者たちも多くいた。
皆うっすらと笑みを浮かべ、蒼白い顔をしていた。
歩き続けていると、花に見惚れている男の荷物を漁っている、幻覚を見ている訳ではなさそうな一人の男がいた。
「あの人、何しているの?」
「多分、泥棒だよ」
「泥棒? こんな所にそんな人がいるの?」
「こんな所だからいるのさ。もう荷物が必要なくなった人から物色しているのさ」
「なんて人なんだ。人のものを漁るなんて。捕まえて警察に突き出そう」
「別に、合理的じゃないかな? 必要なくなった人から受け取る。彼も幻覚のリスクを背負ってきているんだ。それぐらい良いじゃないか」
「道徳ってもんがあるだろう?」
「この森に入った時点であまり関係ない気もするけどね。大体、お金なんて僕たちがいた世界でしか使えないものだよ。この森で生き延びて元の世界に帰ってこそ意味がある。彼は単なる紙切れを握り締めたまま幻想の世界で幸せに暮らすかもしれないしね。放っておけば良いさ」
「……めちゃくちゃな世界だな。あんなに堂々と人のものを奪っているのに捕まらないなんて」
「ウィリアム、君は彼を捕まえて裁きたいのかい?」
「そりゃあ、悪い人は裁かれないと。世の中がめちゃくちゃになるじゃないか」
ジャンも、
「人の物を奪うなんて、裁かれて当然だろう」と加勢した。
「もちろん、人の物を奪うなんて非道徳的だ。けれどそうやってすぐに人を裁きたがる人も、世の中をめちゃくちゃにしているのかもね」
「どう言う事だ? 何が言いたいんだい?」
「いや。なんでもないさ。君は君の正義に従って生きていれば良いさ。こんな長話しをしている余裕があるのかな?」
「そうね。ジャンの事も心配だし、とにかく先に進みましょう」
しばらく歩き進めるとジャンが、
「なあ、酒でも飲まないか?」と言った。
「何言ってるの? ジャン。こんな光景を見てよくそんな事が言えるわね」
するとウィリアムが、
「こんな場所だからこそ、呑みたくなったのかも」と言った。
ジャンは、
「こんなに楽しい夜だ。盛大にやろうよ!」と、拳をあげ、飛び跳ねて言った。
「なんか、ジャンおかしくない?」
「……しまった! この辺はかなりの数の花に囲まれている。もしかしたら幻覚を見始めているのかもしれない」
「ねえ、飲もうよ。その大きな鞄に入ってるんだろう?」
のしっと、ジャンはオリバーの肩に乗り掛かりながら駄々をこねた。
「どうする?」
「まあ、幸いまだ害は無い。花を直接覗き込んでいる訳ではないからきっと意識もある程度あるのだろう。まだ今は酔っ払いだとでも思えば良いさ。幻覚から逃れるにはこの場所から離れるしかない。早く最初の森を抜けよう。長く留まれば危ないのはジャンだけじゃないしね。……ほら、もう少し先に、旨い酒が売っている。ジャンそこまで買いに行くよ。歩けるかい?」
「美味いつまみもあるかな?」
「ああ、きっとあるよ。さあ、急ごう」
そう言われるとジャンはご機嫌で歩き出した。
それから四、五時間歩き続けると、ウィリアムが言った。
「なんか、この地面グニャグニャしてないか?」
「地面? 何もさっきと変わらないけれど」
「ふふふ……」
ウィリアムが笑い出した。
「何だ、ここ。ぶふっっっ。くっくっくっっ」
「おいおい、勘弁してくれ。二人も見きれない。僕も目の前がクラクラし始めたのに、おいっ。しっかりしろ。ウィリアム!」
ウィリアムは上機嫌で笑いが止まらなかった。
「くっくくっ。すごい、グニャグニャだ」
そう言って地面に笑い転げた。
オリバーは、森の先を見てみたが、まだ延々と巨大な花に囲まれた森が続いていた。
「こんな序盤でこんな調子じゃあ、最後までたどり着けないぞ! おいっ! 起きろ!」
オリバーは、ぐいっとウィリアムの腕を引っ張ったが、持ち上がらなかった。
鞄の中から、レジャーシートを出し、ウィリアムを転がすようにして乗せた。
「これで、引っ張っていくしかない。ジャンは君がしっかり見ていてくれ。様子が更におかしくなったら教えてくれ」
「わかった。……ほら、ジャン行くわよ」
リリーは、ふらつくジャンの手を持って引っ張って進んだ。
数時間歩き続けた所でやっと花が減ってきた。
ジャンとウィリアムは、もう幻想の中をうろうろしているようでこちらの声が聞こえなくなっていた。
オリバーとリリーは、少し座って水分補給をした。
「このまま、おかしくなったままなんてことないよね?」リリーが不安そうにオリバーに聞いた。
「幻覚は見ているけれど、顔色も正常だし、僕の資料では、この森さえ抜ければ幻想の世界から抜け出せるってなっている。けれど……ここまで幻覚作用が強いなんて思ってなかったから正直分からない」
「……大丈夫かなぁ。二人とも」
「幸い、花が減ってきた。この森を抜けるのも近いよ。ただ、抜けるって事は次の森に繋がっているって事だ。どちらかと言うとそちらの方を気にした方が良いのかもしれないね」
「次の森はどんな所?」
「次は、地図通りだと【強欲の森】と呼ばれる所さ。身体感覚優位な人。つまり、ウィリアムと君だね」
「もうこんな状態なのに、またウィリアムもなの? そもそもウィリアムは最初の森は関係ないはずなのに、この森でもおかしくなっちゃうなんて、あのテスト合っているの?」
「優位な感覚があるって言うだけで、みんなそれぞれどの感覚も使っているものだからね。テストに当てはまらなかったからって安全な森になるわけではないよ。彼は視覚刺激にもある程度敏感なのかもね」
「これ以上ひどい所じゃないと良いけれど」
「むしろ、楽園に見えるかもね」
「何それ?」
「まあ、行ってみれば分かるよ」
二人は休憩を終えて歩き出した。
花がほとんど周りに見えなくなった所でジャンがリリーに話しかけた。
「あれ? 先ほどの花がなくなってきたね」
リリーは、引っ張っていたジャンの手を離し、思わずジャンに抱きついた。
「ジャン!! よかった! 心配したのよ」
オリバーもレジャーシートの上で眠ってしまっているウィリアムの頬を叩いてみた。
「おいっ! 起きろ!」
何度か強めに頬を叩くと、ウィリアムは叫びながら飛び上がった。
「うわぁああっ!」
「いったい、どれだけ寝れば気が済むんだい?」
そう言うと、リリーがウィリアムに言った。
「オリバーがずっと寝ているあなたを引っ張ってくれていたのよ」
ウィリアムはキョロキョロと周りを見渡し何となく状況を察した。
「すまない。何だかすごく良い夢を見ていた気がするよ。君たちに迷惑をかけるつもりはなかったんだけども」
「いや、良いさ。ただ僕の体力はかなり奪われたかな。君も裁かれないといけないかもね。人のものを奪うなんて重罪だろう?」
ウィリアムは何も言い返せず、ただ申し訳なさそうだった。
するとジャンが、
「痛いと思ったら、なんか足や腕に傷がたくさんある」と言って身体中の傷を見ていた。
リリーが、
「ジャンは足がもつれて結構こけたりしていたからね。傷だらけになっても痛そうにしていなかったけれど、やっぱり痛いのね。大丈夫?」と言った。
ウィリアムもそう言われて、
「そういえば、私も何だか背中やあちこちが痛いな」
オリバーもウィリアムを見て言った。
「きっと幻覚が落ち着いた今になって、他の感覚が戻ってきて痛みが出たんだろう。シートの上に寝転ばせて運んでいたからね。あちこち打っているのかもしれないね。君をかつげる程僕に力がなかったからね」
「まあ、このぐらい大丈夫だ。フワフワしていて不思議な気分だった。まだ夢の中にいるような変な気分だ」
「これからまた、変な世界に入って行くよ。次は強欲の森だ。ウィリアム、君がまた特に危ないから気を引き締めて」
オリバーは持っていた資料を広げて見ながら言った。
「次の森に入る前に、この辺で今日は眠ろう。次はどこで休めるか分からない。簡易な寝袋を2つ持ってきているから、見張りをしながら交互に眠ろう」
「じゃあ、私は先ほどまで眠ってしまっていたから見張りをするよ」
「僕もそうするね。リリーとオリバーが休んでよ」
「じゃあ、そうさせてもらうよ。何か様子がおかしかったらいつでも言ってくれ」
オリバーは、荷物を下ろし、寝る準備を始めた。
沢山の資料を鞄から出して奥にある寝袋を取り出した。
ジャンが資料に手を伸ばすと、その手をオリバーが払った。
「勝手に触らないでくれ。これを集めるのにどれだけかかったと思っているんだ」
「ちょっとは情報共有しておいた方が良いと思うけど」
「言っておくけど、この資料を持った僕と一緒に来られただけでも君たちは幸せだ。ありがたく思って欲しいよ。君たちはこの森に行こうと思い立っただけで何もしていないじゃないか。君たちだけで来ていたら最初の森でもう帰らぬ人となっていた所だよ」
ジャンとウィリアムはそれに対して、何も反論できなかった。
「……それにしても、こんな資料どうやって集めたんだい? 誰も帰ってこない森なんじゃないのか? 帰って来ていないなら森の詳細なんてわかるはずないじゃないか」
「いや、実際にはちゃんとこちらの世界に帰って来ている人はいる。けれど、それはほとんど知られていない。なぜだと思う?」
「さあ? さっぱり分からない」
「まともに取り合ってもらえないからさ。行って帰って来た人なんてほんの一握りしかいない。森の話をしても誰も信じてくれないのさ。真実かどうかなんて証明する人が周りにいない、だからこの情報は、この街で変人と言われるような人、妄想癖があると言われるような人から仕入れた情報さ。実際に精神不安定な人も多かったしね。そう思われるのも無理はない」
「そんな情報よく信じたね」
「もちろん、適当に聞いてまわったんじゃない。同じような情報だけをここには集めている。だから信憑性は高いと思うよ」
「ああ、今は君が頼りだ。信頼している。……とにかく今はしっかり休んでくれ。見張りはしておくから」
「そうさせてもらうよ」
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『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。 これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。 異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。 自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。 あるはずがない。 凝り固まった頭では、決して覗くことのできない世界。
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