GUILTY&FAIRLY 『紅(あか) 別の世界とその続き』著 渡邊 薫
第四話 似た街並み
街は、僕が住んでいた世界と似ていて、白い建物に、青やピンクなどの鮮やかな色のドアがつき、統一感のある美しい街並みだった。
緑も多く、至る所に木々や花々があった。
自然と調和された世界だ。
ただ、どこを見渡しても妖精がいない。
僕が住んでいた世界では人間の手のひらのサイズの妖精が飛んでいた。
「……妖精が、全然いないね」
僕は恐る恐る聞いてみた。
「妖精? あの絵本とかに出てくる?」
何となく予想をしていた答えが返ってきた。
……妖精がいない世界なんて。
じゃあ、誰がこの世界を美しく保っているんだ?
僕の世界では妖精が存在する事で自然を美しく保っていた。
妖精の魔法のような呼吸によって、花々は幻想的に美しく咲いていたし、空が吸い込まれそうにとても美しかった。
この世界も僕の世界と一緒で自然がとても美しい。
ぼんやりと考え事をしていると、リリーはやっぱり心配そうな顔をして僕の方を見ていた。
——なるべく迂闊に質問しないようにしよう。
リリーに心配をかけてしまう。
僕は心配そうにこちらを見てくるリリーに、にこりと笑顔で返した。
「ごめん。何でもないよ」
あちこち歩きまわり、疲れてきた頃にウィリアムが言った。
「この辺で休憩にしよう」
ウィリアムが行き慣れたお店なのか、オススメだと言って、カフェのようなお店に入って行った。
「いらっしゃいませ」
迎え出てきたお店の人を見て僕は、開いた口が塞がらなかった。
きれいな整った顔立ちの彼は、一緒に冒険に出掛けたオリバーだった。
信じられない。
仲間がみんなでここに集まっている。
何なんだ、この世界は。
迎え出てくれたオリバーの後ろにはオリバーの父の姿が見えた。
カウンターに座っている常連客のような人と楽しそうに盛り上がっていた。
「おい、どうした」
ウィリアムが僕の肩を叩いた。
「ああ、ごめん。何でもないよ」
席に着いたが注文どころではなかった。
前の世界では、オリバーの父はまともに喋れる状態じゃなかった。
こちらは別の世界だということは頭では理解していたが、オリバーが夢にまで見た光景が目の前にあって僕は嬉しくなってしまった。
「君は何を頼む?」
僕はメニューも見ずに、
「……ウィリアムと同じものを頼むよ」と言った。
……それにしてもオリバーはこちらの世界では飲食店で働いていたんだな。
前の世界では、ウィリアムが飲食店だった。
そういえば、オリバーも食への拘りは強かった。
キョロキョロと店内を見渡していると、注文していたものが運ばれてきた。
僕の目の前に出されたのはフルーツサンドだった。
注文したのはウィリアムだったが、これはオリバーの好物だ。
店で作っているなんて笑うよな。
似合いすぎている。
僕がくすりと笑うのを見てウィリアムは、
「いやいや、ここのフルーツサンドはその辺の物とは違うんだよ。甘いものをたくさん食べる方ではないけれど、ここの物は別だね」
そう言って、大きな口でフルーツサンドにかぶりついた。
僕はしっかり味わうように食べた。
前の世界を思い出すようだった。
もう何年も前のような遠い過去のようだ。
僕らはきれいに食べ終えると、店を出た。
……あれ? お金はいつ払ったのか。
「ごめん、ぼんやりしていて。いつお金を払ったの?」
「お金って何だい?」
え? まさかの食い逃げか?
堂々と食い逃げしてしまった!
「お金は払わないと!」
僕はお金を持っていなかったが、つい強い口調で言ってしまった。
お金の事をすっかり忘れていた。
するとリリーが笑いながら言った。
「お金って、また絵本の?」
……そんな、まさか。
この世界には、お金が存在しないのか?
「今日のジャンって子供みたい。よく子供の頃、私も読んだわ。『青い世界』って本。かわいい妖精が創る美しい世界。そしてお金が大事な世界でしょ。お金集めなんて面白そうだなぁって思いながら読んでいたわ。自分のした事の価値が計れるなんて面白いわ。私もあんな世界住んでみたいなぁ」
何を言っているんだ。
お金を稼ぐ事の大変さを知らないのか。
そんな面白みのあるものじゃない。
生きるのに僕たちは必死になって稼いでいるというのに。
……お金のやり取りがないって事はこっちの世界はどうやって成り立っているんだ?
「店をやっている人たちは何の為にやっているの?」僕はリリーにやっぱり質問をしてしまった。
「そんなの、自分の価値の証明のためよ。みんな価値を証明するのに必死じゃない。あなただって、それでお店をしているんじゃないの?」
「いや、どうだろうね」
「……ジャンはいいよね。得意なことがあって」
リリーは少し悲しそうに俯いた。
それから、パッと顔を上げて笑顔で言った。
「でも、ジャンがお仕事手伝ってくれって、言ってくれて私嬉しかったの。私も必要とされているんだって。私に居場所をくれたのはジャンよ」
「ああ……、うん」
……リリーは、こちらの世界では僕と一緒に働いていたのか。
それにしても、この価値観の違いは何だ。
お金のやり取りがなくても上手くまわっているみたいだけど、価値を証明ってそんなに必要なことか?
お金が要らないなら、ただぼんやりと過ごせば良いじゃないか。
ほどほどに出歩いて、家に帰った。
僕は、家のベッドで寝転びながらまた考えていた。価値を証明する?
そんな事が大事なのか?
僕にはどうだって良い。
飲み食いするのにも、何をするにもお金が要らないとするなら、最高じゃないか。
妖精のリリーが前に言っていた例え話と一緒だ。
好きな事ばかりして、自由に暮らす生活だ。
お金の心配が要らない。
僕たちが思い描いたから現れた世界なのか、それとも元々あった世界なのか。
——僕は、別の世界から扉を通って、この世界に来た。
全てが似ているようで似ていない世界。
僕の一番大切な人がいない世界。
僕は、ちゃんと生きているのだろうか。
天国というにも、地獄というにも不釣り合いな曖昧な世界だ。
僕は、リリーと一緒にこちらの世界にやって来たかった。
彼女は、この世界を見たら何て言っただろうか。
大はしゃぎをして喜んだだろうか。
……けれど、妖精のリリーはここにはいない。
僕は、今まで持っていたものも、仕事も、人間関係も、何もかも手放してきたんだ。
あの世界の僕はいないんだ。
——そうだ。全部初めからやり直す。違う人生だ。
僕はゆっくりと目を閉じた。
GUILTY&FAIRLY 『紅 別の世界とその続き』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。
異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
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