【小説】 猫と手紙 第18話
第18話
僕らは食べ終わると、いつも窓際にあるソファで寛いだ。
彼女は僕に懐く小動物の様に、僕の近くに座った。
お喋りばかりする時もあれば、彼女はじっとその時を楽しむ様にただ僕の隣にいた時もあった。
彼女と過ごす時間は、言葉でのやりとりがない時も、とても安心できて居心地が良かった。
今日の彼女は何かずっと楽しそうだった。
僕の隣に座った彼女は、自分の世界に浸っていたかと思うと、
僕の膝をじっと見つめ
「あ!枕、見―つけたっ!」
とゴロンと僕の膝に無邪気に寝転んだ。
彼女の行動や言動はいつも予測がつかない。
僕を驚かせ、僕の淡々と変わらず静かな心は、音を立てる様に鮮やかに揺れ動いた。
僕は彼女といると少年の様に自然と笑った。
いつからか僕は、笑う時に口元を隠さなくなっていた。
お腹がいっぱいになって寝転ぶ彼女は気持ちが良さそうだった。
ただ満足げに眠ってしまう子供の様だった。
「小さなケーキだけど、君の好きそうな可愛いケーキ。買ってあるから、後で紅茶でも淹れて食べよう」
と言うと、彼女は
「ありがとう。嬉しい」
と言いながらにこりと笑って、目を瞑った。今にも寝てしまいそうだった。
彼女の自然体で飾らない無邪気な笑顔が好きだった。
僕は大人になって、自分の欲しいものがずっと分からなかった。
でも子供の頃は、そんな僕でも欲しいと母にねだった事があった。
小学校の同級生が、自分に懐く飼い猫の話をしているのが羨ましくて、僕も猫が飼いたいと思った。
珍しく僕は母にわがままを言ってペットショップに連れて行ってもらった。
店に入ってすぐのガラスケースに黒い子猫がいた。
僕はその子がいいと思って、ガラスケースの前で猫がこっちを向かないかな。と、じっと猫の方を見て立っていた。
猫はこちらをチラリとだけ見て顔を背けた。ケースの奥の方に移動し、じっと丸まって目を閉じた。
黒い子猫はその後、ピクリとも動かず、僕に背を向けていた。
僕は猫にも嫌われた。
少し寂しい気持ちになった。
店の中の他の人たちの所には、犬も猫も寄ってきている様に僕には見えた。
いつだって僕の気持ちは迷惑だ。
クラスの好きだった女の子に言われた、
『気持ち悪い』という言葉を思い出して胸がじわりと苦しくなった。
僕は母に「もう帰る」と言って、母の手を握った。
僕は欲しいものが無くなった。
動物にも、人にも踏み込むのが怖かった。
自分だけ好きなのは苦しかった。
僕だって好きじゃない。と思いたかった。
相手から好意を向けられないと僕は不安だった。
彼女から好意を向けられているかは分からない。
でも、思えば彼女には最初から不安を抱かなかった。
何故だかは分からない。
彼女は初めから何かがみんなと違っていた。
あの出会ったカレー屋で、彼女の世界に少し触れて、彼女は楽しそうで、自由で、誰にも囚われていなくて、眩しかった。
羨ましかったのかもしれない。
僕はきっと彼女に憧れていた。
ウトウトとする彼女の頭をゆっくりと撫でながら僕はまた空を眺めた。
今日はいつも以上に美しい空だった。
穏やかで暖かい日差しと心地よく緩やかに吹く風が気持ち良くて、僕まで眠ってしまいそうだった。