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私の読書●小説家志望の読書日記

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日々の読書の感想・雑記です。 お気軽に覗いていただければ幸いです。
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2021年8月の記事一覧

私の読書●小説家志望の読書日記⑳誉田哲也『ヒトリシズカ』

 誉田哲也『ヒトリシズカ』(双葉文庫)を読了しました。  面白くないことはないんだけど。  ただなんというか、最近やたらサイコパス系の小説が多いのも不満なんですよね。ちょっと安直。やはり、ふつうの人間の中に潜む心理の深層を穿っていくのが小説、というか文学の務めだと思うんですけど。  ところでこの作品、巻末の「解説」の挿話が実はいちばん面白かったりして。 「……男たちは、女性をテーマにした物語や作品を飽きもせずに生んできた。小説に限っても、多くの文学者が『男の作家が女性の心

私の読書●小説家志望の読書日記⑲ 宮部みゆき『火車』

 宮部みゆき『火車』を読んでいるのですが、宮部さんの文章は、比喩がとてもうまいですね。さりげなく、けれど的確なたとえを端々に入れてくる。  しかも、それがいい意味で、実に生活感があるというか一般の人の日常感覚に即したものになっている。これは簡単なようでいて、なかなかできることでないと思います。  比喩というと、ついビジュアル的なものになりがちなのですが、宮部さんのそれはふつうの人がふつうの日常感覚で思い当たるものが多いのです。工夫してそうしているのか、それともわりと自然に

私の読書●小説家志望の読書日記⑱ ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

タイトルだけ知っていたベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮文庫)を昨日から今日にかけ読み、読了。 はじめはありがちな思春期の少年のお話かと思ったが、二部以降でまったく様相を異にした展開となっていく。 ***** 主人公が15歳のとき、初めての肉体関係を持った女性、ハンナ。 彼女を心身ともに夢中で愛した主人公だが、彼女は突如失踪する。 その後、大学で法学を学び、ゼミで裁判所を訪れた彼は、ハンナと再会することになった。 「戦犯」として裁かれるハンナに。 (ネタば

私の読書●小説家志望の読書日記⑰ 梅原克文『二重螺旋の悪魔』(上・下)

梅原克文『二重螺旋の悪魔』、上巻を読み終えて下巻に入ったところで、いやはや、こういうぶっ飛んだ話は書いていて楽しいだろうなとつくづく。 第一部は人間の陰の遺伝子(?)イントロンの解読から産み出された太古の化け物との闘い。 第二部は、さらにパワーアップした化け物に、主人公が医学の力で超人化して対峙。 第三部に至るや、東京は化け物の引き起こしたバイオハザードによって壊滅、さらにその東京を核攻撃しようとしたアメリカが誤って中ロを核攻撃し、さらに報復攻撃で全面核戦争を経た時代。

私の読書●小説家志望の読書日記⑯ 花村萬月『笑う山崎』

 『笑う山崎』は、ヤクザたちも恐れをなす一見優男のインテリヤクザのお話。この作家らしく、まあ、暴力と性描写がこれでもかと出てくる。    でも、お約束のように出てくる残虐ななぶり殺しシーンは、なんだか戯画化めいていて、笑ってしまう。性描写にはもう慣れてしまった。  そのくせ、ときどきはっとするような「まっとうな」、そして鋭い台詞が挿入されるのだが、これが面白くて、またまた読みたくなる。  同じ花村萬月の『アイドルワイルド』を読んだときにも思ったが、この作家は自分の小説の

私の読書●小説家志望の読書日記⑮ 東野圭吾『プラチナデータ』

東野圭吾『プラチナデータ』読了。 最初は遺伝子(DNA)論のような方向にいくのかと思っていたのですが、それ自体には踏み込んではいませんでした。 それはともかく、やや、二つのテーマが絡み合わずに併存してしまったような印象があります。もちろんそれでも十分に興味深かったのですが、この作家ならもう少し深掘りできたのではないかという気がします。 (私の捉えた二つのテーマとは、DNAデータの国家管理という問題と、二重人格である主人公の、トラウマの底にある陶芸家だった父親の自殺、そこ

私の読書●小説家志望の読書日記⑭ 中村文則『何もかも憂鬱な夜に』

 再読。  タイトルとは裏腹に、この小説には救いがある。いろいろな要素が含まれているが、私が一番感じるのは、次の言葉。  自殺を試みた子供の頃の主人公(孤児)に、施設長が言う言葉。  ・・・・・・・・・・  お前は、何も分からん。  ベートーヴェンも、バッハも知らない。シェークスピアを読んだこともなければ、カフカや安部公房の天才も知らない。ビル・エヴァンスのピアノも。  黒澤明の映画も、フェリーニも観たことがない。京都の寺院も、ゴッホもピカソだってまだだろう。  お

私の読書●小説家志望の読書日記⑬ 原民喜の「文体」

 宮下奈都『羊と鋼の森』を読んでいて、そこで思いがけなく原民喜の文章が出てきて感動しました。  原民喜の憧れる文体だそうです。  「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、厳しく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」  原民喜の文章、彼の憧れが彼の文体そのもののよう。  私は原民喜の文体ほど美しいものはないと思っている。

私の読書●小説家志望の読書日記⑫ 翻訳について

 ドストエフスキーの『罪と罰』は、古い中村白葉訳の岩波文庫をずっと愛読していたのですが、丹念に読んでいるとどうも誤訳ではないかという部分がいくつか、ささいなものなのですがあって、この度岩波文庫の新装版の江川卓訳のものを購入しました。  翻訳ものもたくさん読んだけれど、やっぱり訳によって全然受ける印象が違うものってありますよね。特に実感したのはシェイクスピアの『ハムレット』。新潮文庫訳(福田恒存訳)と角川文庫訳(河合祥一郎訳)が、全然イメージが違うんです。単に翻訳した時代の違