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【第2章】その38 ✤エリザベス・オブ・ヨークの結婚

こちらはサフォーク州ウィングフィールドのセント・アンドリュー教区教会にあるサフォーク公爵夫人として亡くなったエリザベス・オブ・ヨ-クの墓の彫像

 
 もちろん母セシリー・ネビィルにとっても子供達の結婚相手選びは重要な関心事だった。
 
 長男エドワードと3歳違いの一番上の娘アンは8 歳の時にエクセター公ヘンリー・ホランドへ嫁ぐことが決まり、エクセター家の要望によって、あちらで教育を受けることになり、婚約と同時にエクセター公爵家で暮らしている。そのアンも18歳になり、エクセター公爵夫人となったものの、エクセター家はランカスター寄りで、ヨーク家とは敵対関係だつた。
 
「次こそはヨーク家のためになる婿を!」自身がランカスターの出身でありながら、セシリーは愛する夫ヨーク公リチャードと子供達のため、ランカスターの自分の血筋は考えないようにした。
 
 ヨーク家の後継者であるエドワードは15歳、次男エドムンドも14歳、2番目の娘エリザベスは13歳、末娘のマーガレットにしても既に11歳になっていた。
そして夫の言う通り、我が家にはもう一人姫がいた。やはり15歳のベアトリスだ。
本当の娘ではないものの、ベアトリスが自分を母のように慕ってくれていることはセシリーも理解していたし、ベアトリス自身のランカスター家との関係も断ち切れていたので、我がヨーク家のためになる彼女の嫁ぎ先も探そう、と思っていた矢先、隣国のブルゴーニュ公国で姫が誕生したのだ。
 
 当時のブルゴーニュ公国の宮廷の豪華さは、イタリアのルネ サンス宮廷も、ドイツの地方的でかび臭い屋敷も、 フランス、イギリス、そしてスペインの王朝の屋敷 も、他のどの宮廷をも凌駕(りょうが)するものだった。
 
 セシリーは思う。
「我が家にこの姫が嫁いで来てくれるならば、このヨーク家も安泰なのだが」
 
 だが、もちろんこれほどの財産家の姫は、誕生した時から既に引く手(ひくて)数多(あまた)で、フランス王室もイングランドのヘンリー6世の王室もスペイン王室、ポルトガル王室も姫獲得のアプローチをかけていたため、イングランドの護国卿程度の、しかも護国卿も解任されて、先行きが不透明なヨーク家にとって、マリーの存在は高値の花だったのだ。
 
 当時ランカスター家はフランス王家寄りであり、ランカスター家がイングランドで権力を握っている限り、そのランカスター反勢力のヨーク家とあからさまに同盟を組むのは危険だった。
 
 またブルゴーニュ公国自体もフランスに対抗していたため、ブルゴーニュ家にとってマリーをどこに嫁がせるかは最重要事項であり、この時点ではヨーク家が候補に入る隙はなかったのだ。
 
 ところがそんな時、子供達の結婚相手を考えていたまさにその時、次女エリザベスに想い人がいることが発覚、相手はなんとジョン・デ・ラ・ポールだった。ジョンとはサフォーク公の長男である。 
 
 サフォーク公とは誰か覚えておられるだろうか。ヘンリー6世の最側近であり、百年戦争の後半で、敗北の責任を取り、官位を追われ、殺害されたサフォーク公ウィリアム・デ・ラ・ポールのことである。百年戦争後半の中でもかなり重要な登場人物である。彼の名前がこんなところでまた登場することになるとは、運命とはなんと不思議なものであろうか。
 
 ヘンリー5世の時代から長年に渡り、彼が王室の最重要政治家として王の側で栄華を極めていたのは、しかしながらもう10年近く前のことであり、サフォーク家の跡取りと言われても、この時期にはヨーク家にはなんのメリットもないどころかデメリットしかなかった。
 
 兄エドワードを通して知り合い、そこから2人の間の恋する気持ちが芽生え、勝手に結ばれていた。何でも2人で神父様に頼み教会で式を挙げたというのだ。神の前で誓ったことは簡単には白紙に戻せないというのが当時の考え方だった。
 
 つまり、この当時の貴族の子供達はまだ親や女官の目をかい潜って、割合自由な生活を謳歌できていたようだということがわかる。
 
 しかしながら、もちろんこれは家族内では大問題になり、大騒ぎになったのだが、この時この2人の恋を庇ったのがエドワードだった。
 
 激怒する両親を説き伏せ、エドワードが真っ先に妹の恋を応援したことから、エドムンドも賛成に回る。というのは前述の通り、エドワードはもちろん、エドムンドにしてもこのジョン・デ・ラ・ポールとは顔見知りであり、騎士教育の場では何度も顔を合わせていた。自身と同じ年のジョンとすっかり意気投合したエドワ-ドが、彼を家族の住むラドロー城に連れてきたことが縁でエリザベスと知り合い恋に落ちたのだ。エドワ-ドにしても反対する理由などなかった。地位も財産もなかったが、人間的には妹の婿としてむしろ歓迎だった。それにそもそも彼の家を没落させたのはヨーク家でもあり、ジョンがそれを許してエリザベスと結婚しようとすることも奇跡のようなことだった。
 
 このように次女のエリザベスの結婚相手が思いがけない形で決まり、ヨ-ク家の嫁探しと婿選びは一時中断となる。
 
 嫁入りのための用意と支度金が必要で、次の婚礼のことを考える余裕が残っていなかったのだ。
 
 しかし、エドワ-ドにしろ、エドムンドにしろ、そしてベアトリスにしろ、この婚約相手探しの中断は、正直有り難かった。
 
 知らない誰かと無理やり結婚しなければいけないという日が伸びたからだ。
 
 この3人の心はとうの昔に決まっていたのだ。
 
 ヨーク家の2人の兄弟は共にベアトリスを想い、ベアトリスの心には常にエドムンドがいた。
 
 そしてイングランド史上最も滑稽な茶番劇『Loveday(愛の日)』のイベントが開催されたのが、やはりちょうどこの頃のことであった。
 
 
 
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