『彩無き世界のノスタルジア』のウラバナシ(3)
さてさて、映画『名も無き世界のエンドロール』も、このご時世にもかかわらず、観たと言って下さる方々もたくさんいらっしゃって嬉しく思っておりますけれども、今回はその『名も無き世界のエンドロール』の続編である『彩無き世界のノスタルジア』のウラバナシ第三弾をお送りしようと思います。
今回は、既読の方向けで、以下は前作『名も無き世界のエンドロール』、今作『彩無き世界のノスタルジア』のネタバレを含みますので、未読の方はご注意くださいませ。
↓↓↓ 以下、ネタバレあり ↓↓↓
■敵役・井戸
『彩無き』では、主人公・キダを追い詰めていく敵役として、「井戸茂人」というキャラクターを登場させてみました。ヤクザだった父親が抗争で鉄砲玉となり、相手側構成員に射殺されたという過去を持ち、自らもヤクザとなった男。でも、最近の暴対法に縛られ、表向きは「トゥェンティエックス・エステート」という不動産会社の課長として「勤務」している、という設定です。
あ、小ネタですけれども、「トゥェンティエックス」は「20×」で、「20」は、「893(ヤクザ)」を足した数字になっております。花札をやる人はお気づきだったでしょうかw 一応ね、反社会勢力ダメ!という意味を込めて。反社会勢力が活躍するのはフィクションの中だけにしたいですね。
井戸という男は非常にエゴイスティックな人間で、かつ自分の欲望に忠実、そのためには周囲のことなど顧みない、という性格です。計算高さはありながらも、基本は感情的に生きている人間で、暴力も厭わず、気に食わない相手は叩き潰す、という主義。
読んでくださった方は気づいたかもしれませんが、この井戸というキャラは、何故か前作の登場人物である「マコト」と同じセリフをところどころでしゃべります。もしや、この男はマコトの生まれ変わりか?などと考えた方もいるかもしれませんが、そこまでとんでもない設定はありません。w
前作のマコトは、ヨッチに対する一途な思いから「プロポーズ大作戦」を計画し、それを実行します。キダの視点から見ると、それは愛の一つの形であり、残酷なまでの純粋さからくるものであったわけですが、別の立場から見れば、マコトは世間を騒がせた犯罪者であり、自らのエゴのために破壊行為と殺人を犯した人間でもあります。いくら一途な愛のためとはいえ、社会的には許される行為ではありません。マコトが存在を許されたのは、三人の「名も無き世界」の中においてだけなのです。
そこで、今回、井戸は「マコトの負の部分」を具現化した存在として描くことにしました。人間の善悪は、倫理や法律という指標によって判断されますが、マコトも井戸も、その善悪の基準を超越した存在で、己の想いや欲望にだけ忠実な人間であったりします。社会から排斥されてしまった人間が生きるとはどういうことか。なにか一つ、自分と世界の繋がりを見出したものの、それを失ってしまったマコト。そして、倫理や法律を踏みつぶして、社会に自らの居場所を作った井戸。二人はまったく相反するようでありながら、同質の存在なのかもしれません。
■彩無き世界
『彩無き世界のノスタルジア』、では、世界から「彩」を失ってしまったキダが、それを取り戻していく過程を描くわけですけれども、作中序盤ではキダがあまり「色」について言及する場面を少なく、後半になるにしたがって「色」を感じていく、という流れにしてあります。
このね、日常から色を失う、つまり、感動や情動を失っていく、というのは皆さんにも経験があるんじゃないかなと思うんですよね。かの有名な歌謡曲「東京砂漠」然り、日々忙しく生きる中で、人生を彩るものが見えなくなってしまっている方はたくさんいらっしゃると思います。
それを、今回は「色」「色彩」というモチーフを使って表現しているのですけれども、色を失ってしまった人間がそれを取り戻す感動ってどういうものなのかな、と思ったわけなんですよ。
そこで参考にしたのが、色覚異常の方が、色覚補正メガネをかけた瞬間のリアクション動画でした。
こういうやつ。
たぶん、メガネを通して、初めて色のある世界を目の当たりにした人は、それこそ世界が変わってしまうくらいの衝撃だったんじゃないかな、と思うんですよね。
前作では、「一日あれば、世界は変わる」という言葉が、絶望を意味していたのではないかなと思うんですが、今作ではその意味を希望としてとらえたくて、一日で変わった世界が、素晴らしいものになることもある、ということもお伝えしたかったんですよね。
この動画から僕がどれほど感動を読み取ることができて、それをどれほど作中で表現できたかはわからないですけれども、心を震わせるような世界の変化、というものが、少しでも伝わっていたらよいな、と思います。
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ということで、今回は『彩無き世界のノスタルジア』についてのちょっとしたウラバナシでございました。名も無きの映画もそろそろ上映終了を迎えようかという頃ですけれども、よろしければ、小説も楽しんで頂けたら良いなあと思います。
小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp