差分
おはようございます。きょうも書いていきます。
僕は定期的に1on1というのをやってもらっていて、それは本当に感謝に尽きるというか、毎回なんでこんなに(してくれるのだろう)、と思うくらい有難いことなのだけれど、それを今度はなるべく誰かほかの人につなぎたい、と考えている。
それで日々の心がけとして、「1on1」と銘打ってなくても、相手に話してもらう、というのを態度として覚えておくようにしている。(ちなみにこれは仕事だと割とうまくいくが、私生活に近づくにつれ下手になる、というのが検証されている。)
僕が「1on1」の効能として優れていると感じるのは、相手から話が出てくるというのはもちろんなのだが、そのなかでも、ごくわずかな「差分」みたいなものが顕になることだと思う。「差分」とはなにか。それはその人が生活において、大切にしているもの(実際の物や人、価値観)である。
話を聞いていると、時間が経ち、緊張がほぐれるにつれて、「逸話」が出てくる。その「逸話」に「差分」は含まれている。たとえば「最近、子どもが生まれました」や「恋人ができました」などそういうものだ。これは現時点で、相手の生活において優先度が高い、大切にしていることである。
この「差分」を想像する。「差分」と表現しているのは、自分とは異なり、また相手の過去や未来とも異なるからだ。現時点で大切なこと、それが大切なのである。
これを支点に相手への思いをめぐらすと、なぜ相手が仕事でその考えに至ったか、今のように変化を遂げたのか、少しだけ理解できる。しかしここで、その理解も捨てる。自分との「差分」はどうでもよく、あくまでも相手の「差分」に寄りたいからだ。
その1on1で浮かび上がった「差分」を、相手は見つめる。見つめると、次の行動が見えてくる(時もある)。過去でもなく、未来でもない。そして現在でもない。その間にある「差分」なのだ。変化する、相対的なものである。
今日も読んでくださってありがとうございました。よい一日をおすごしください。