猫盆 ~黒い守護者たちの盆~
うちは猫を飼い始めた当初から"自宅守護役"という黒猫を置いている。
置いているというか、最初の一匹に冗談半分でそんな役割を与えたら、何故かそんな風に育って、いつの間にか二代目に引継ぎされていた。
今回は、そんな守護役たちの不思議な話。
浮世も常世も帰省ラッシュの盆
早いもので、今年も盆がやってきた。
盆といえば「帰省ラッシュ」である。
生者は故郷に帰り、死者は浮世に帰る。
あの世もこの世もかきまぜた民族大移動。
まさに「猫も杓子も」だが、実際にこの時期は"死んだ猫"も帰ってくる。
この話をすると「獣が人間の慣習を理解しているのはおかしい!」と、食ってかかる人もいるが、獣たちに関しては恐らく「お盆だから帰る」というよりも「通路が開いて行き来しやすいから帰る」の要素が強いのだと思う。
特に生前ペットであれば、大体の場合飼主はまだ存命で、日本人であればほぼ100%「盆には死者が帰ってくる」と知っている。
日頃、旅立った我が子を忘れようと努める人も、この時期ばかりは「帰ってこないかな」と心の底から願い、死者を招く。
故人・故獣に対する思い出を表に出すことが公然と許可され、むしろその方が好ましいとされる……それが「盆」という行事だ。
※海外、盆が8月以外の地区、仏教以外の信仰をお持ちで「うちは盆関係ない」という方については、どうなっているか知らないので聞かないで下さい。
盆の獣たち
我が家の故・猫たちは、盆に限って言えば、最初の1~2年はマメに帰ってくる。
とはいえ、別にバッチリ13日に現れてキッチリ16日に消えうせたりはしない。
大体、フライングでやってきてダラダラと居座る。そして名残惜しさもなく 「じゃあな!」という素っ気なさで出ていく。
この現象について私が認識しているだけならば「あらあら、瑞樹さんペットロスじゃなくって?」 という話になるが、我が家には非常に分かりやすい反応をする奴が2匹いる。
柴犬・柴子と守護役の黒猫・二代目である。
現在は"帰省する側"になっている柴子だが、生前は小さくても柴犬の端くれで、忠義と神経質さをヒゲの先にぶら下げていた。
猫に囲まれて育った柴子のボスは、私ではなく「猫」だった。特にエリンギ王子という白い雄猫には絶対服従だ。
それはエリンギ亡き後も変わらず、彼が帰還すると絶対に人間用のベッドへ乗らなくなる。
何故なら、そこは彼のお気に入りの場所だからだ。
他の猫が帰還した場合は、そこまでの遠慮はみせないものの、いつものように真ん中ではなくベッドの端に申し訳なさそうな顔でチンマリと乗る。
二代目は、生前から面識があった2匹(長老と初代)に対してはノーリアクション。
たまに初代に向かって腹を出している時もあるが、ほぼ100%ガン無視される。
しかし、生前の面識がないエリンギ王子がやってくると大変だ。
1~2日は落ち着きなく右往左往し、3日も過ぎると「新参猫が増えてストレスMaxの猫」のように壁を見つめ始める。
二代目にしたら、自分の知らない親戚のおっさんがやってきて滞在するようなものだろう。
更には自分以外のメンバーは、皆が彼を知っていて和気あいあいとしているのだから疎外感半端ない。
ちなみに当のエリンギは、二代目については何とも思ってないようだ。
不審者を見るように睨んでくる二代目に「愛想のない小娘だな」というような視線を向けている。
この生猫と猫霊(去年からは犬霊参戦)たちの奇妙なやり取りが楽しすぎるため、私は涼しい郷里へは行かず灼熱の名古屋に居続けるのである。
黒猫たちの盆
今から6年ほど前の盆。
この頃には、長老も初代も盆に帰省する側となり、自宅に暮らすのは私と柴子、巨猫、二代目のみ。
何事もなく過ぎた13日。明けて14日の朝。
枕元に二代目(当時6歳)がやってきた。
二代目の性格を率直に言ってしまえば、歴代の猫の中でもっとも「猫らしい猫」である。
つまり「気ままが毛皮を着て歩いているような猫」
何しろ猫も、もう5匹目。犬を含めれ6匹目。
私が何かしなくても先住猫が面倒を見て、乳母犬がかいがいしく世話をしていたので、ほぼフル放置で育ってしまった。
そんな猫なので妙に強くて、たまに不思議なことをする以外、特に芸はない。
そもそも、猫なんて生きているだけで偉いものだ。芸がないことに問題はない。
ただ、守護役初代は怪異祓いを除いても妙に知恵の回る器用モノだったので、あくまでそれに比較すると芸がないというだけの話。
その猫が気まぐれで布団にやってくることは別におかしなことではない。
どうせ私の横ででんぐり返って、そのままヘソ天スタイルで寝るつもりなんだろうと思っていた。
だが、この日は違った。
口に猫じゃらしを咥えている。
しかも、枕元にそれをポテっとおいて「遊べ」と言うかのように座ってこっちを見ている。
私はコイツを手のひらサイズの頃から飼っているが、一度たりともこんな仕草をしたことがない。
そもそも、この猫じゃらしをどうやって持ってきたのだろう?
猫じゃらしなどのオモチャは、いつも猫部屋の引き出しに入っている。
何年もそこを定位置にしているが、二代目がオモチャを取り出すために引き出しを開けたことは一度もない。
そもそも、二代目が引き出しを開けている姿など見たことがない。
器用に引き出しを開け、尚且つ中のおもちゃを引っ張り出すことが出来たのは、"初代だけ"
生前の初代は犬のような所があり、犬より器用に「持ってこい」が出来た。
遊んで欲しい時、自分でおもちゃを持ってきて遊びを催促していたのも初代だけだ。
しかもまた、オモチャのチョイスが……
二代目が咥えてきたボンボリ型の猫じゃらしは、初代とエリンギ王子お気に入りの猫じゃらし。
普段もっと新しい、鈴のついた猫じゃらしで私と遊んでいるのに、どうして今日に限って故・猫がお気に入りだった、古いオモチャを咥えてくるんだ。
確かに「盆」である。
盆であるが、私はまだ故・猫達の姿を視かけちゃいない。
視かけちゃいないが、猫じゃらしを咥えた二代目の姿は初代にそっくりだった。
同じ黒猫と言えど、二代目は顔も雰囲気も初代とは全く似ていない。
それなのに、この日とその後数日の二代目は、初代のような顔をして何度も猫じゃらしを引き出しから出し、咥えて運び、私と遊んだ。
そうして盆が過ぎると、二代目はパタリと引き出しを開けなくなった。
あれほど遊んでいた猫じゃらしにも見向きせず、いつもの鈴のついているもので遊び始めた。
この一件から6年ほど経過しているが、こんなことをしたのは、この年の盆だけである。
先に書いた通り、二代目は気まぐれが毛皮を着ているような猫なので、 ただの偶然なのかもしれない。
だが……年数が経ち、あの行動が本当にあの時限定だったと分かれば分かるほど思うのだ。
……あの夏もやはり初代は戻ってきて、私と遊んでいたのだ。