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ロサンゼルスが燃えている

ロサンゼルスが燃えている。

報道によれば、火は1月8日にパシフィック・パリセーズで発生し、パシフィック・パリセーズ、イートン、ハーストの3地域150平方キロメートル以上に広がり、15日時点でまだ鎮火されていない。25人以上が死亡し、9万人が避難命令を受けている。

(BBC日本語サイト)https://www.bbc.com/japanese/articles/czdl1mdvrq1o
(BBC英語サイト)https://www.bbc.com/news/articles/cg525q2ggl4o
(BBC英語ライブ)https://www.bbc.com/news/live/cew52g8r8e7t

はなしは変わるが、わたしは幼稚園から中学生までぜんそく持ちだった。梅雨と台風のシーズンは必ず発作に襲われた。いく晩も、呼吸困難の苦しい夜をすごした。そんなわたしも、カリフォルニアで暮らした3年のあいだは一度もぜんそくにならなかった。転居先のサンノゼは、カリフォルニア州の真ん中あたり、サンフランシスコのすぐ南に位置する。一年中明るい太陽のふりそそぐ天国のような土地だった。暖かく乾燥した気候にぜんそくも退散した。

サンノゼも暖かいが、ロサンゼルスはもっと暖かい。映画の聖地ハリウッドがロサンゼルスにあるのは、一年中ぽかぽかした気候が映画製作に向いているからだと聞いたことがある。

映画関係者にも、ぜんそく持ちの子どもにも、理想的な土地カリフォルニア。

そのカリフォルニアが燃えている。

ロサンゼルスが燃えている。

小学生のわたしはサンノゼでの生活を満喫しながら、カリフォルニアという土地の怖さを同時に感じていた。果物がたわわにみのる豊かな楽園が異なる顔をもつことを理解していた。美しいだけではない自然。人間を簡単にひねりつぶす、恐ろしい力。

サンノゼからロサンゼルスまで車で8時間かかる。(少なくともわたしの記憶では。グーグルを見ると5時間14分とあるが、自分の記憶に忠実に書くことにする。)一つの町を出てから次の町にたどりつくまでの長い道のり。はるか彼方までなにもない乾いた大地に黒い帯がえんえんと伸びる。前にも後ろにも車はいない。その寂しさと恐ろしさ。携帯電話もなかった当時、もし車が故障したら、この平野のまんなかで人知れずに死んでいくのかと思って、ぞっとした。自分で自分を守るしかなかった開拓者たちの恐怖がリアルに感じられた。

ぽかぽかと暖かいロサンゼルスも砂漠のなかに建てられた町であることに変わりはない。火が出るのは乾燥しているから。そこにサンタアナの風がくわわって炎が燃えあがる。

サンタアナといえば、カリフォルニア出身の作家、ジョーン・ディディオンを紹介したい。2021年に亡くなった彼女は、アメリカではスーザン・ソンタグと並ぶ女性知識人として名前を知られている。現在の女性の書き手でディディオンの影響を受けていない人はいないのではないかと思うほど、よく言及される。60年代のカウンターカルチャーを取材した記事「ベツレヘムに向け、身を屈めて(Slouching towards Bethlehem)」(『ベツレヘムに向け、身を屈めて』筑摩書房、に所収)で一躍有名になった。


Photo: Julian Wasser/Getty Images

カリフォルニアを書かせたらディディオンの右に出るものはいない(というのは私が勝手に思っているだけだけれど)と思うほど、カリフォルニアという土地とその夢をビビッドに描く。

ディディオンは「ロサンジェルス・ノートブック」というエッセイの中で、サンタアナについて書いている。印象的な文だ。引用したい。

ロサンジェルスの今日の午後の大気には、なにか落ち着かないものがある。どこか不自然に静寂で、ぴんと張りつめている。これはつまり、今夜はサンタアナが吹く、ということだ。熱い風が北東のカホンとサンゴーゴニオの峠を悲鳴をあげながらおりてきて、66号線に砂嵐を舞いあげ、丘という丘、神経という神経を引火点ぎりぎりまで乾燥させるのだ。今日から数日間は、山間に煙ののぼるのが見え、夜はサイレンが聞こえるだろう。サンタアナの予報を聞いたわけでも読んだわけでもないが、わたしにはわかるし、今日会っただれもがわかっていた。赤ん坊はむずかる。メイドは不機嫌になる。わたしは電話局との一段落しかけた口論にふたたび火を放ち、やがて、大気にただようものに負けて、あきらめて横になる。

ジョーン・ディディオン『ベツレヘムに向け、身を屈めて』筑摩書房

異様な空気を感じさせる文章だ。ハリウッド映画にえがかれる世紀末の風景を思い起こさせる。パニック映画。ゾンビ映画。映画の製作者たちは、自身がとなり合わせて暮らす自然の恐ろしさを撮っていたのかもしれない。「炎上する町は、ロサンジェルスのもっとも根源的なイメージなのだ」とディディオンは書く。そしてこう締めくくる。

ロサンジェルスの気候は、大惨事の黙示録の気候なのである。ニューイングランドのけっこう長くきびしい冬がその土地の暮らしを決定づけているように、荒々しくて予想のつかないサンタアナはロサンジェルスの暮らしのことごとくに影響をあたえ、そのはかなさとおぼつかなさを強調してみせる。その風は、果てがわたしたちのすぐそばにあることを、教えている。

ジョーン・ディディオン『ベツレヘムに向け、身を屈めて』筑摩書房

最後にNew YorkerのJia Tolentinoによるジョーン・ディディオンについてのコメントを紹介します。


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