中学生の娘にもヒグチアイライブの感想を書かせたら長文が納品されたので別記事にしました【ヒグチアイのライブかんそう】2024年12月14日 HIGUCHIAI ALL TIME BEST LIVE "元気じゃなくてもまた会いましょう"
娘にヒグチアイライブの感想を一曲だけ書かせたのですが、おそろしく長文が納品されたので別記事にします。元記事もかつてない長さなので流石に読み辛いかなと思いました。
元記事↓
長いのは立派だけど、ライブレポでないのはもちろん、ライブのかんそうともまた違うような…そのあたりは父と一緒。
「わたしのしあわせとわたし」が一番しっくりきます。読んでやってください。スキでも頂けたら娘が有頂天です。
では、どうぞ。
(娘著)わたしのしあわせ
私にとって歌とは励まして貰うものであり、 心を奮い立たせてくれるものでもあり、 一緒に悲しみを分かちあってくれるものでもある。そして、時にタイムカプセルのような役割を果たしてくれるものだ。 まさか「試験終わりにライブ行ったら楽しそう!アイちゃんの生歌聞きたい!ワクワク!」 くらいの意気込みで行ったライブで号泣するとは誰が思っただろうか。
父からの勧めで私の大好きな曲への思いを今ここに著す。自分語り多すぎ!は禁句だ。
小学生の頃、ウォークマンが壊れるんじゃないかと思うほど繰り返し聞いていた「わたしのしあわせ」のイントロを忘れるはずが無く、歌い出し前から既に泣きそうになった。悲しくて悔しくてやるせない当時の自分の気持ちを思い出したからである。
私が小学五年生のころ、ちょうど世間は緊急事態宣言やら三密やらと未知のウイルスと格闘していた時期、私は人生で初めてともいえる人間関係の壁にぶつかっていた。友達が出来ず、クラスでの居場所を上手く作れずにいたのだ。
友達(?)にはたまに無視されるし、裏では「あの子って可愛いよねー笑 色々教えてあげなくちゃ笑」みたいな典型的悪役セリフ(相手も小学生だからおそらく漫画の受け売り。今考えると全く意味わかんない。)を吐かれていたり、かくれんぼで隠れていたら、そのまま私を残して教室に帰られたりしていた。
そんな日々に豆腐メンタルの私が耐えられる訳もなく。独り、フェイスシールドに囲まれた机の上で給食を食べながら泣いた。独り、公園からの帰り道、マスクの色を涙で変えた。
もちろん家に帰れば話を聞いてくれる家族がいて、塾に行けば楽しく話せる友達がいて、ずっと独りぼっちではなかった。それでも学校ではどうしても独りになってしまう。ただただ苦痛でしかない学校に行く理由なんて全く無かった。
それでも私が学校に行き続けられたのは紛れもなく「わたしのしあわせ」のお陰だった。まだまだ子供だったから歌詞考察なんて大層なことは出来なかった。でも
"勉強もしないで 学校にも行かないで 友達も作らないで ただひたすらに"
この歌詞に何回救われたかわからない。
曲の中の人が、ただひたすらに、何をしているかは全く検討もつかなかったし、力を注いで努力していることがない自分は、きっとこの歌の対象にすら入っていないとも思っていたけど、私のような友達も作れなくて遊びにもいけない人でもひたすらに頑張っているんだと思うと自分も頑張らなきゃと思えた。
「わたしのしあわせ」をお守りにして登校する日々を繰り返すと、クラスに居場所が出来ていた。休み時間ってこんなに短かったっけと思った。放課後のザリガニ掃除が楽しみで6時間目はソワソワして過ごした。お守りの効果は抜群で、いつの間にか学校に行く理由が出来ていた。
そんな中、迎えた移動教室の部屋決めで久しぶりに友達(?)に話しかけられた。「部屋一緒にしようねー」と言われた。怖くて怖くて仕方がなかった。どうやら人数調整のための勧誘だったらしいが今まで散々な扱いをしてきて、よくその態度がとれるなと思った。でも、やっぱり人間は簡単には変われないようで中々「あっちの友達の班に行きたい」と言い出せなかった。
部屋決めの話し合いはもつれ込み、予定時間を超えて、算数のテストのあとに延期になった。テスト中、解答用紙に出来る丸い涙のを必死に隠した。解き終えたあとの余った時間に、後で消しゴムで消せるように弱々しく鉛筆で書いた「私の幸せ」の文字を何回もみた。
"わたしのしあわせは だれにもさわれない わたしのしあわせは だれにもわたせない"
「私の幸せ」がアイツらの人数調整で奪われるのかと思うと・・・
力が湧いた。
考えるとやるべきことは明白で、再開した話し合いの最初に勇気を出せた。結果、小学校で1番幸せな移動教室となった。曲が進むにつれどんどんとあの頃の記憶が鮮明に蘇って静かに泣いた。
"心配させてごめん 読み切れないほどの涙溢れ 信じてほしい 信じてほしい わたしはあなたでできているよ"
そんな奴らに振り回されてどうする、と怒ってくれた父、私が話に入れるようにと、流行りのものを買おうとしてくれた母。まともなお礼ができない分、せめて充実した楽しそうな顔を常に見せていたかったのに、と考えていた小学生の頃の自分。
思い出すと悲しくて切なくて愛おしくて堪らないのだ。 最初に、私にとって歌はタイムカプセルのような役割を果たしてくれると書いたが、全ての歌が共通でこの役割を担ってくれているわけではないと思う。歌手の気持ちの籠った歌詞が必要不可欠なのだ。その歌詞を受けての気持ちがタイムカプセルになるのだ。
ライブでこの歌を聴いたときにアイちゃんを通して昔の自分に会えたような感覚になった。歌って凄いなと思った。 せっかくだから今の私からのタイムカプセルは、小学生の私では出来なかった歌詞考察にしようと思う。
私はこの曲は「幸せの定義への反抗」だと考えた。1番と2番に出てくる歌詞はよく「これやっとけば幸せ!」の内容だと思う。例えば、結婚をしたり、子供を作ったり、お金を持って贅沢をしたり。確かに幸せそうだが、中学生になってSNSを始めるとよくこんな人達をみる。「人生楽しくなさそうー笑」「こんなんでいちいち悩んでたら幸せになれないよ?」「人生負け組じゃん笑」幸せの定義から外れている人を不幸せと決めつける人達だ。
お金はたくさん持っていた方が幸せそうだし、友達もたくさんいた方が、確かに幸せそうだ。でも人にはわからない幸せがそれぞれの人にきっとあると思う!とこの歌は言ってくれているのかなと私は考える。私もいつか自分の幸せが否定されるときがくるかもしれない。そんなときはまたこの歌を聞いてお守りにしていきたい。
"悲しい顔をしないで かわいそうだと思わないで あなたがくれたもの 一つ 大切にもってるから"
この歌を聞いて、もし今の私を思い出す未来の私がいるのなら幸せの定義に縛られずに生きていて欲しい。タワマン最上階で友達に囲まれてパーティしていなくても、居心地よく過ごせる人達と、からあげクンを食べていて欲しい。
"どうかあなただけに 知っていてほしいの ここにいれるだけで 大丈夫 しあわせ"
私のライブの席は1階席の左側の端っこ。アイちゃんの背中がいつもより大きく見えた。
香るエース。の娘