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H.G.ウェルズ「白壁の緑の扉」

 国書刊行会から出ているバベルの図書館シリーズの第8巻、ボルヘスの編集によるウェルズの短編集です。
 NHKラジオのある番組中で耳にした「Crystal egg」という言葉が、ウェルズの短編を参考にしていると知り、読んでみたくなりました。
 この本、SFというより奇譚集でした。以下、概要など。

「白壁の緑の扉」
 主人公ウォーレスの人生の節目ごとに現れる扉。家内ではなく外の建物などで見つかります。
 幼い頃、彼は一度その扉を開いた時、得難い体験をしたことがあった。だから、その後も扉(全く違う場所で出て来ます)を目にするたびに、開きたかったのですが、タイミングが悪かったり、事情があってなかなか開くことができなかったのです。

 時が過ぎ、ウォーレスは政治家へと立身出世するが、ある日地下鉄工事の縦穴に落下して死んでしまいます。
 それは、ある扉をようやく開くことができた時、それは工事現場に入るためのものだったためでした。
 こう書くと全然つまらない話なのですが、出世と甘美な体験を呼び起こす扉を開く行為とそれを妨げる事情とのせめぎ合いが面白いのです。

「プラットナー先生奇譚」
 内臓の配置が人生の途中で左右入れ替わる教師の話。
 内臓の配置ばかりか利き手も入れ替わるのですが、それは起こるようになったのはある化学実験による爆発のせいだったのです。
 その爆発によって彼は9日間、姿を消します。
 9日間、彼は霊体となってこの世を彷徨うのですが、最後に普通の人間(いや、体の左右が入れ替わるが)となって戻ってきます。
 後半の霊体となって彷徨う記述がダラダラしていて楽しめず。設定は良かったのですが、爆発との因果関係がよくわからないままで消化不良でした。

「亡きエルヴシャム氏の物語」
 この作品は設定といい、ストーリーといい、とても面白かったです。
 親の死によって遺産を受けた優秀で健康な学生のイーデンが、ある日、年老いた哲学者エルヴシャム氏と出会い、ある理由で彼の遺産を引き継ぐことになるのですが、そのために健康診断や身元調査をされます。
 イーデンは話がおかしいなと思いながらも、エルヴシャム氏の財産を受け取れるというその際、彼との夕食の際に飲まされた特殊な薬品によって、イーデンは意識と記憶をエルヴシャム氏のそれと入れ替えられてしまいます。
 エルヴシャム氏はイーデンの遺産を狙っていたのです。
 うまくしてやったエルヴシャム氏なのですが、この24時間後に事故で死んでしまうのです。

「水晶の卵」
 骨董品屋を営むケイヴ氏が、絶対に手放さないと考えている緑の水晶の卵が、火星との映像通信装置であったという話。
 いきなり火星の話になり、それまでの古典的な奇譚から宇宙の話になるので驚きますが、ハードSFでもないこの話は、夢幻的な様相を見せます。
 NHKラジオでの放送(「ラジオ英会話」のあるダイアローグ)では、火星でこの「水晶の卵」を手にするという話になっているのですが、こちらの話の先は不明のまま。

「魔法屋」
 子供にせがまれて入った手品用品売り場が、実は本当の魔法を売る店だったという話。さまざまな魔法を見せられて、身の危険を感じた途端、店はなくなる。でも、子供に買ってやった商品はちゃんとあるのである。

 プロットは大したことはないのですが、雰囲気はとても奇妙で面白い。
 こんな奇譚は村上春樹の初期短編には似ているものが多いですね。こういう話、私も書いてみたいです。


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