#クリスマスプレゼントは
「今年のクリスマスプレゼントは何にしよう」
小さなころもたくさん考えて悩んでいたんだろうけど、きっともっと明確だった。
新しいあのゲームソフトにしようか、缶バッチメーカーにしようか、どうしようかな、みたいな風に。クリスマスを来週にひかえた今日、たとえば誰かに尋ねられたりなんかしても答えられないんだろうな〜って。
おとなの悲しいところは、たくさんお金を持っていることに慣れてしまうことで、
かといって常にお金に苦しいおとなも心が締め付けられるので、これはなんだかどうしようもない気がする。
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水族館の最後のところにあるおみやげ屋さんの大きなぬいぐるみにはずっと憧れていた。でもきっとそれは高価なもので、どうせ買ってもらえないことを知っていたから、ほしいとねだることもしなかった。それに、透明っぽくて綺麗な貝がらのやつを買ってもらえれば、もう十分満足だった。クリスマスや誕生日にそのぬいぐるみを思い出すことはなかったけど、いつも水族館ではその大きなぬいぐるみたちを見ていた。
だから大人になって水族館に行ったときには驚いた。買えてしまうんだもの。1番大きなニシキアナゴの抱き枕が。そして、それをほしいなと思える自分のことも、いいな、と思った。
(ほんとに買いました。)
そんなこんなで私たちは、お金使いに慣れることで、モノの価値を正確にわかったような気になってしまうんじゃないのかしら、そしてそれはとてもわかりやすい指標のように思う。
だから、お金を出したら手に入るもの、
なんてもうプレゼントじゃないのかも。
少なくとも私はそういう風な輪郭のものは、もうプレゼントに求めないのだろうな。
そもそも「プレゼントとは〜お金をつかって何かを購入しそれを人に渡すものであ〜〜る」みたいな風潮はどこからやってきて定着したのさ、怒るよ本当にもうダメだよなそんなの。
もっともっとずっと価値のあるものを、
あと何年先も忘れたくないなあ。
というわけでわたくし、
たくさん考えた結果クリスマスカードがほしいです。文字が多めだとなおのこと嬉しいです。
おしまい。
▶︎追記
投稿後に入ったラーメン屋さんでも、
店員さんとお客さんがたまたま同じ話題をしていた。プリンター、靴下、指輪はダメだとか。
でもやっぱりもうなんだっていいんだ、
だって世界はだれかからのプレゼントできているのだから!!!!う、うわあ〜〜!!!