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【No.7】逃走癖
「そろそろ脱走しようかと思う」
病院生活に飽き飽きして掛けた、私の電話に母が鼻で笑った。
「そういや、パパ(私の父)は入院中も毎食外食したはったね」
言外に「お前もアイツらみたいに変人なんか!」と言われているような気がして、16時のシャワーの時に点滴を外してもらえるから、その時に病院の外で待っていて欲しい、という具体的な計画を話さずに会話は終わった。
医師であり、看護科で教えていた父にとって、病院は教え子だらけの場所。車は一番良い場所に置いて、尿管をぶら下げながら外食に出かけ、好き放題していたのは記憶にまだ新しい。
母方の祖父はその上を行くピーターパン症候群のようなジジイで、癌の末期でも喫煙室へ毎日出かけていたし、祖母の手作りの茶わん蒸しや海苔巻きを食べていつもニコニコしていた。しかし、看護師さんの言葉が気に食わないと言うことを聞かずにボイコットをし、よく喧嘩をして、母が菓子折りをもって謝っていた。
いやはや、奴らの血が流れていると言っても、私は平凡を絵に描いたような人物である。脱走なんて……まさか本気で思いやしませんよう。
確かに慎重に慎重を期して、「まだダメですね」と言われると、子供たちの顔が脳裏に浮かんで、カーッと頭に血が上ってしまうんだけれども、考えてもみたら、異物を孕んだようなお腹を抱えて痛みに呻きながら入院したのである。
ありがたく、ありがたく、退屈な病院生活を享受しようではありませんか。
……ああ、それにしてもこの景色にも飽きたなぁ(懲りないやつ)。