【No.45】忘れ得ぬ味、それはね
東京に引っ越してきて、楽しみにしていることの一つは吊り革広告だ。
活字中毒気味であるので、満員電車の中で本が開けずとも読むものがあるのは嬉しい。西武新宿線には、新宿から秩父まで特急ラビューで77分と書いてある。昔の職場の桃ちゃんに似ているモデルさんが浴衣を着て秩父神社にお参りをしている。私も行きたい、と思う。
今朝の東西線では、電車の中が赤一色になっていた。「スキットルズ」というアメリカのソフトキャンディの広告だ。「おいしい不要食、スキットルズ」(だったかな。違ったらごめんなさい)がメインキャッチになっていて、貼られている全ての広告が誰かの口コミ風で全部違う。
「日本のお菓子のクオリティの高さにビビっています」
「グミブームに乗っかってごめんなさい」
等々。
この前も、何かの宣伝で車両全ての広告が替わっていたなと思う。なんだったかイマイチ思い出せないけれど、大手のドリンクメーカーがどこか別のメーカーに何かの飲み物を売却したということだった。人の記憶なんて、いい加減だなと思う。首を伸ばして全部の広告を読もうとしていたのに。そして、読んだと思ったのに、なんのことだったか忘れている。
スキットルズが売っている場所で青春を過ごした私だけど、「いや、買わないだろうな」と思った。M&Mだって、帰国してから3回くらいしか買っていない。ハーシーズなんて全く買わない。だって日本のチョコートはおいしい。一番安いやつでも、アメリカのよりおいしい。
もしかしたら、幼い頃に食べていたものであれば、違ったかもしれない。幼児体験とは恐ろしいものである。
私の父は、羽二重餅と、きび団子を非常に好む。おやつといえば、ふかし芋くらいしかなかった時代の人だから、遠方に出張して帰ってきた祖父が持って帰ってきた当時のお土産が何よりもおいしいと刷り込まれているのだろうと思う。
同じく私の年子の姉(次姉)は「ハイハイン」が好きである(別名「赤ちゃんせんべい」と言われる白い、薄い塩味のついたお菓子)。真ん中の娘が離乳食が始まってしばらくした頃、おすわりができるようになった娘に食べさせたらどうだろうと思って、購入したら、遊びに来た次姉が食べていた。
しかも食べ方が非常に汚い。癖なのか、長いものを齧るときに、それを持っている手をスナップさせる(なんでやねん)。粉が飛び散る。特にハイハインみたいな、軽いものは広範囲に飛び散る。
「それは赤ちゃんのやで」と長男が可愛い声で抗議をしている。ハイハインなんて4歳の長男ですら見向きもしない。30後半のオバはんがなんで食べてんねん、しかも粉を床に落としながら。
毒付きながら娘にハイハインを持たせたらチューチューと吸い始めた。次姉としょうもない話をしながらゲラゲラ笑っていたら、長男が叫び声を上げる。娘は、口の中に溶け出したハイハインを吐き出して、手の中に持っている涎でネチョネチョになったハイハインと一緒に床に擦り付けていた。
私が駆け寄ったら、娘は「ブブブ」と変な声を出しながら私に抱っこをせがむ。抱き上げると、ベトベトの手で私の髪を引っ掴んだ。近づいた息子の顔にもハイハインの液体になった残骸を擦り付けた。
私たちは、自然派の食品を好む母のおかげで、市販の駄菓子というものはほとんど食べなかった。小学生になるまで手作りのおやつか、ハイハインか、たまにポッキーを買ってきてくれても、4人で一箱を分けなければいけないので、本当にわずかな量しか食べられなかった。
ポッキーも買えないくらい貧乏なんだ、と私はずっと思っていた。いつかアルバイトをできるようになったら、思う存分チョコを食べたい。小枝のファミリーパックを買って、1人で鼻血が出るまで全部食べるというのが私の夢だった。
だから、私は好物と言えばチョコなんだけど、次姉はハイハインである。
そういえば5歳上の長姉も小枝を思う存分食べたいと私に言っていた。が、アルバイトをしてしばらく経った頃、帰宅後、コソコソと自分の部屋に入って行ったので、怪しいと思ってこっそりと部屋に忍び込んだら、長姉が買っていたのは小枝などではなくて、タバコだった。非常にがっかりした記憶がある。
人それぞれ好みがあるけれど、姉たちは非常に変わっている。兄も角砂糖を齧っていたような人だから、相当なヘンコだ。よく普通に育ったものだと思いながら、私はチョコを今日も買う。
でも、全部食べると太るから、席が隣の人にお裾分けするけれど。
あなたの忘れられないものって何?