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推しの結婚と夢見る少女

さて、私の数人いる“推し”の中のお一人が結婚を発表された。おめでたい!もちろん祝福の気持ちだ。

これからはお二人で、幸せで充実した日々を末長くお過ごしになるのだろうと微笑ましく思う。
そして家庭を持てば、仕事にも一層精進しようと思えるのだろう。

変わらず応援し、活躍を楽しみにしようと思う。

さてさて、そんなおめでたい話題なのだが、そんな話題に接すると少なからず自分の人生と比べて羨ましく思ってしまうのが私の悪いところだ。

その人に出会い恋をし、相思相愛となり、互いを思いやって、愛し、大切にし、特別な存在であり、他人だった存在が家族になる。

考えるほどにそれは奇跡と思える。

たった一人の人を特別に愛し、たった一人の人から特別に愛される

この上ない幸せ
最高だが、それは奇跡だ

昔、好きになった人が私を好きだと言ってくれた。こんな奇跡があるのだと、そんな奇跡がこの私に起きたのだと、信じ難い、しかしとても幸せだと、確かにその瞬間から世界が変わった。

歌の詞にもありそうな、
“白黒の世界に色が射す”のだ。嘘ではない。本当にそうなるのだ。

そして確かに愛され幸せを実感しながら過ごしていた日々もあった。私にもそんな時はあったよ。

でも、
“カラーだった世界がモノクロに変わった”
経験もある。これもまた本当にモノクロになるのだ。不思議と本当に。

ここからは少しどんよりと暗い話。

私は幼い頃から結婚には明確な憧れがあった。23歳で寿退社し人が羨むような優しくカッコいい男性と結婚、24歳で母になりかわいい子どもが二人、男の子と女の子一人ずつ、閑静な住宅街の並木道沿いに広い芝生のお庭がある戸建てのお家、キラキラと陽が射す中、庭で遊ぶ子ども達と夫を水やりをしながら微笑ましく見つめる私。

もちろん夫婦喧嘩や夫の浮気なんか無い世界。
一生愛され続ける幸せな人生だ。
子どもの頃はそれを疑いもしなかった。そうなるはずだと疑いもせずに思っていた。

そのまま私は世間知らずに箱入りのまま育ち、
大人になって現実に直面し夢も希望も打ち砕かれ絶望した。

男の中には愛していると言ってくれていても、彼には彼のコミュニティがあって私だけを見ているわけではなく、目移りし、飽きてしまい、興味も失われてしまう、そんな人も居るのだと。
少女漫画に出てくる王子様のような人ばかりではないのだと初めて知ったのだ。

その時のショックはもう本当に“絶望”でしかなかった。漫画の世界がそのままあるのだと思っていたから。

自分は夢見る少女だったのだと、地に足付かずふわふわと夢ばかり見て生きて来たのだとわかった。

まさに、
“幸せは誰かがきっと運んでくれると信じて”
いた。甘かったな。私の人生はそんなに甘くはなかった。

寂しくて悲しくて一人で泣いた日も何回もある。自分の子どもの頃に夢見ていた幸せな光景が本当にただの夢になって実現されることは無いのだと、あの時の私に謝りたい。実現出来なくてごめんなさいと、実現するための努力を何もしてこなくてごめんなさいと。

そんな奇跡と絶望を性懲りもなく何回か繰り返して、今の私はある。夢からは覚めて現実を、地に足付けてちゃんと人生を歩んでいると、まあまあ思っている。

少女の頃に夢見たあの人生は、ぜひ来世で実現させたい。

夢見たあの光景を忘れないまま生まれ変われることを信じて、数年後か数十年後、その時が来るまでは今の人生を今の私なりに、悩み苦悩し、そうかと思えば朗らかに楽しく、喜怒哀楽しながらも、もう絶望なんてする事なく生きていきたいと思う。

山あり谷ありの刺激のある人生よりも、
退屈でも平坦な日々の方が幸せだと言う人がいるかもしれない。

それでも今日のように衝撃が走っても、その人の人生の節目を機に、自分の人生を振り返り、そしてこの先をどう生きていくかをあらためて考えるいい機会になったのだと思うことにしよう…




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