ブエノスアイレスで日本人タンゴ歌手である葛藤の先に見えてきたもの
実は私が「日本人のままで Tango を歌っていい」と理解させてくれたのは、もう一人の師、Lidia Borda だ。
「アルゼンチンなんて移民の塊なのよ、皆のスペイン語が変なのよ。それに、あなたが日本人であることを否定したら、あなたの歌じゃなくなるわ。」と。
ずっとアルゼンチン人になりたかった。
歴史的な背景も、どんな国民で、どんな感情表現をして、それをどう言葉に乗せるかも血に入っていた上で、Tango を表現することができるアルゼンチン人に。
(私達が、好きか嫌いかは別として、演歌の“こぶし”を感じることができたり、日本語をメロディーに乗せるとき、どこにアクセントを置けば感情を伝えられるかが自然と分かったりするという意味で。)
昨年、テレビ出演のラッシュが続いた時に、とあるキャスターが、「この子の歌声は、なんていうか、僕たちが想像するあのタンゴ独特のものとは全然違って、甘やかで優しくて」と言ってくれていたのだけど、前だったら凄く嫌だったと思う。
でも、それが私なんだと受け入れられたから嬉しかったし、「君のおかげで初めてタンゴに興味を持ったよ!」と、アルゼンチンの色んな場所からメッセージをくれる人がいたのが本当に嬉しかった。
CDのジャケット撮影をしていた場所に偶然、ブラジル人のTango歌手がいて(彼女のことはミュージシャンが数年前「この子のTango 聴いてみなよ」とビデオを見せてくれていたので知っていた)、彼女のTangoを聴かせてくれたのだけど、その衝撃と言ったら!
確実に彼女の声やリズムにはどこかブラジルを感じるのだ。
でも、きちんとTangoとして成立していて(ここが難しいところ!)、本当に感動してしまった。
単純に“エキゾチック”と面白がられるのは本当に嫌だけど、「おっ、この子はTango のこと、良く分かってるなあ」と思ってもらえた上で、私の個性として日本人であることを喜んでもらえるなら、この上ないな、そう思わせてくれた彼女のTango に本当に感謝。
最近、よくピアノとのDuo で共演させてもらっている国立芸術大学のタンゴ楽団創始者の Ariel Pirotti は、とてもエレガントで美しい演奏をするので、日本の人達が喜ぶだろうな、とずっと思っていた。
そして、師匠であるSandra Lunaも Lidia Bordaも「Kaori に自由に表現させてくれる人」と太鼓判を押してくれている。
彼の Cuarteto と共演させてもらうことになった時、初めてアレンジを聴いて「あぁ、なんて美しいの!」とその場で叫んだ程感激した。
しかし…、である。
私がそこに声を乗せた時、曲にもよるけれども、一曲は納得のいく美しいものができたと思う。でも、バリバリにミロンガで演奏している Pablo Valle 達の五重奏と歌った時の「よっしゃー!キター!!!」(スペイン語で言うところの“Esa!!!”というヤツ)というあの感覚とは別。
きっと私がもともとTango を踊りから始めた人で、40年代50年代の Tango をずっと聞いていたのも大きいだろうし、勿論、Pablo 達とは何回か共演していたというのは、すごくすごく大きいとは思う。
私の師匠であるSandra の Tango が、バリバリの Tango なのである。
彼女は黄金期の最後の空気を持っている大マエストロ達、Hector Valera やMariano Mores、Roberto Goyeneche等々と幼い頃から共演し、Tangoというものを叩きこまれた人だ。
レッスンで「違う!」と言われる度に、「何でできないんだろう…!?」と泣きそうになりながら何度も何度もレッスンの録音を聴いて少しづつ学んできた、Tango 独特のディナミカも少しづつ分かるようになったものの、いつ一人立ちできるのだろう…、と途方にくれてしまう。
美しくエレガントなTango があって(多分、私の声質とか性格的にこちらが合う気がする)、バリバリなTango があって(でも私が心から愛していて、魂がゆさぶられて、でも私には表現できない気がして)、この時代のミュージシャンが表現したいTango があって、踊り手に求められるTango は多分それとは別で…、私が違和感なく表現できるTango がある気がして、でもそれは私の心揺さぶられるTango とは別で…
なんてコトをグルグルぐるぐる考えていたら、頭がショートしてしまって、そこに重ねて年明けから、ストリーミング、コンサート、CDのレコーディング、ジャケット撮影、ビデオ撮影、HPの準備、と色んな新しい挑戦を一気にやり過ぎて、しかも異国の地でアルゼンチン人相手にそれらをプロデュースするというのは、実は並大抵のコトではなかったらしく…。
とある出来事をきっかけに「もう無理~!!!」となってしまって、Netflix をみるのすら、大好きな友達のメッセージに返信するのすらできなくなってしまった。
本当にエネルギーが底をついてしまったので、一か月「タンゴ絶ちをする!」と決め、週に3回のプライベートレッスンをストップすることにした(これは、ずっとずっとレッスンを生き甲斐にしていた私にはかなりの決断)。
…、と、ほぼ泣きながら先生達に連絡をし、何もせずに(実は一日一日生きるだけで私達って精一杯生きてるんだな、なんて感じながら)過ごして4日目の真夜中には、既にCDの録音音源(自分の下手さに凹み過ぎて数カ月聴き直せなかったもの)を聴きだし、なんと、悩んでいたことの答えが全てあったのです。
音楽プロデューサーを務めてくれている Sandra Luna は全て分かっていて、アレンジをFabián Bertero に、レコーディングメンバーは最高のメンバーを揃えてくれていたんだなと。
私のCDのコンセプトは半分はミロンガでも流せるもの、半分は「聴くため」のTango。そして美しい音色でTangoのディナミカを十分に理解した上で演奏できるメンバーによって奏でられたFabiánによるアレンジの曲達は本当に美しくて…。
多分、私は意外に自分に厳しくて、Sandra のレベルに近づきたくてしょうがないので、レコーディングスタジオは「素晴らしくも残酷な場所」(素晴らしい音で本当に細かい部分まで聴けてしまうので)なので、かなりダメージを受けていたのですが、落ち着いて聴き直すと、そこまででもなかったな、と。
Tango の歌をブエノスアイレスで初めて約5年、本当に頑張ってきたな、と思えた訳です。
ということで、1ヶ月の休養をとってエネルギーを蓄えて、また大きく羽ばたきたいと思います。
CDは現在、ミキシング・マスタリングという山場を迎えております。
(これが大仕事と知った今日この頃)
めでたく、ジャケット写真は撮り直しになったので、まだまだ公開が見えませんが、是非、お楽しみに!