「虎に翼」に見た、書くことに対する脚本家の覚悟

随分ご無沙汰になってしまったけれど、今日は「書くことの覚悟」について書いてみたい。

朝ドラ「虎の翼」が最終回を迎えた。それに関連してクローズアップ現代で、同ドラマの脚本家・吉田恵里香さんのロングインタビューが行われた。利き手は桑子真帆さんだった。

このインタビューで私は、吉田さんの書くことへの覚悟を見た気がする。

ヒロインの寅子の口癖「はて?」に関して、吉田さんはこれは対話をしましょう、つまり「私はこれがわらからない、疑問を持っている」という意味だと、説明した。それを聞いた聞き手の桑子さんはこう相づちを打った。

「怒ったらその時点で対立軸になっちゃいますもんね」

これを聞いた吉田さんは数秒考えたあと

「本当はね、そんなことないんですけど、そうなっちゃう場合が多いので」

と返した。桑子さんの相づちは話の流れからすると、決して悪いわけでも的外れでもないと思うし、そのまま聞き流すことも出来たはずだ。でも、吉田さんはあえてスルーせず、「怒ったからといって対立するわけじゃない、怒るのが悪いとも限らない」と桑子さんの言葉を言い直したのだ。

私は編集の仕事以外にインタビューの仕事もするので、桑子さんの気持ちがよく分かる。聞き手がよかれと思って言った言葉を否定されるのは、場合によってはやりづらい。きっと、吉田さんもそれは分かっているはず。でも言葉の仕事をしている彼女は「まあ、いいか」とはしなかったんだと思う。それを強く感じさせるやり取りがこの後にあった。

寅子をはじめ登場人物たちのストーレートな台詞について吉田さんはこう言った。

「ふわっとした言葉とか、なんとなく察して、みたいなことが多いと、誰かの権利とか誰かの尊厳にかかわることなので、都合のいい言葉に変えられちゃうのはよくないなと思っています」

今回のドラマでは今の言葉で言うLGBTや、当時差別を受けていた朝鮮半島の人々、といったマイノリティといわれる人々をストレートに扱った。これには朝ドラにふさわしくないとか、いろんな意見があるだろう。けれど、少なくとも脚本家の吉田さんが、マイノリティだろうと、マジョリティだろうと、日本国憲法のもとでは、誰もが平等である。その上で、いまだ世の中にはびこる不平等をどう考えますか? と視聴者に問い掛けていたように思う。

作中、父親に暴力を受け子供まで生まされた女性がその父親を殺した女性の「尊属殺人」が論点になった裁判の中で、弁護士の米子に吉田さんはこう言わせている。

「背徳行為を重ね畜生道に落ちた父親でも彼を尊属として保護し、子供である被告人は服従と従順な女体であることを要求されるのでしょうか。それが人類普遍の道徳原理ならば、この社会と我々も畜生道に落ちたと言わざるを得ない。いや、畜生以下、クソだ!」

弁護士が裁判で「クソ」なんて言葉は使わないし、史実にもないことだから、賛否両論あることは容易に想像がつく。でも、この台詞はそれを覚悟の上で、吉田さんが視聴者に問い掛けたことなんじゃないだろうか? 道徳原理とか、男とか女とかじゃなくて、「これは明らかな違憲ですよね?」と。誰かの都合のいい言葉に書きかえられないように、覚悟を持ってストレートに、これを違憲としない世の中は「クソだ!」と言わせたんだと私は感じた。

で、何が言いたいかというと、文章を書くことを生業にするのには、覚悟が必要だということだ。おそらくこの米子の発言に多くの人は、賛同しただろうけれど、そうじゃない人もいるはず。

吉田さんには批判を受ける覚悟がある。だから、間違って伝わらないよう、言葉を選びに選んでいる。その上で「クソだ」という言葉を使ったんじゃないだろうか。自分の書いた言葉が、どう伝わり、その結果何が起きるのかまでを考えて言葉を選んでいるのではないだろうか?

史実に基づいているとはいえ、朝ドラは所詮フィクションだから、そこまで真剣にならなくてもいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。私が普段編集している小説も、そこまで考えずに気楽に書いている人、読んでいる人が大半かもしれない。

でも、果たしてそれでいいのだろうか?

吉田さんはインタビューの後半でこうも言っていた。

「何かのマジョリティーに入っている以上、必ず誰かを傷つけていたり、誰かの持っていない特権の上にあぐらをかいていることが絶対にある」

よかれと思って書いたこと、何も思わずに書いたこと、自分にとっては当たり前だと思って書いた言葉が、誰かを傷つけていることがある。書くことを生業にしている人は、たとえそれがどんなジャンルだったとしても、そのことを忘れてはいけない。忘れれば、それが誰かを傷つけることにもなるし、巡り巡って自分自身をも傷つけることになるということを肝に銘じなくてはと改めて思わされた。

と、難しく書いたけど、単に虎に翼ロスです。

#虎に翼  

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