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いつまでも握りしめて

毎年、お盆に親戚が家に集まるのが楽しみだった。ふすまを取り払ってぶち抜いた和室で、いとこやはとこ、その家族の20人以上で賑やかにご飯を食べるのだ。普段は料理の手伝いもそんなにしていなかったのに、こういうときは手伝いがしたくて張り切っていたことを懐かしく思い出す。何度も台所と和室を往復して料理を運ぶのはまるでお店のようで、私にとっては「おままごと」の延長だった。

小さいのにくるくると働く姿は、親戚の人に褒められた。

「えらいね。いいお嫁さんになれるねぇ」

将来の夢は「お嫁さん」だった幼い頃の私にとって、それは最高の誉め言葉だった。祖母も母も専業主婦だったから、少し働いて結婚したら家庭に入るものだと信じきっていた。

「折星は就職どうしたい?」

そろそろ就職先について考えなくては、という大学三年のある日、サークルの先輩に尋ねられた。がやがやとうるさいテーブルからは少し離れたカウンターで、スポットライトに照らされた彼の手元を見つめていると、まだ誰にも言えていなかった本音が言えた。

「私、新聞記者になりたいんです」

大学の専攻とはあまりにも違う。それは自分が一番身に染みて感じていた。本屋でぱらぱらとめくってみたマスコミ就職対策の教本には、知らない言葉ばかりが並んでいた。だから、「難しい」と言われるのが怖くて、自分で打ち消した。

「でも、私の学部は管理栄養です。あまりにも違うから、やっぱり難しいかなって。結局このまま管理栄養士になって、ちょっと働いて結婚したら家庭に入るのかなぁなんて思います」

「本当にそれでいいと思ってる?」

真剣な目で、じっと見つめられた。

「そのまま家庭に入るなんてもったいないだろ」

鼓動が跳ねる。簡単に見抜かれた、嘘で包み隠した本心。けれどその動揺以上に、彼の言葉に驚いた。「いいお嫁さんになれるね」に縛られて、「女の子らしい」「おしとやか」を打ち破れずにいた私にそんな言葉をかけてくれた人は、彼が初めてだった。

「折星は外で働くのが似合うと思う。いろんなことが出来るの、俺は知ってるよ」

「……ありがとうございます」

「通信社のインターンに申し込んだんです」というと、彼は「格好いいじゃん」と嬉しそうにビールを呷った。

就職活動中、足がすくんだり怯んでしまいそうなときには、いつも彼の言葉を思い出しては一歩ずつ進んでいた。たとえ他にそう言ってくれる人がいなくても、彼のあの一言だけで私には十分だった。

今でも時々彼と会うけれど、大変だと私にも分かる仕事を彼は飄々とこなしている。もう何度も喉元までせりあがってきた「あのとき言ってくれたこと、覚えてますか?」を、私はまだ聞けていない。「覚えてない」と言われたら残念、と思う私は彼に何を望んでいるのか自分でもよく分からない。

それでも、「出来る」と背中を押してくれる人がいる心強さを、私は忘れない。今でも、きっとこれからも、私は彼の言葉を大切に握りしめてゆく。

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