食べさせあいこ
おばあちゃんにたくさんおいしいものを食べてもらいたい。おいしいお店を見つけたとき、お土産を選ぶとき、いつも自然と考えている。
おばあちゃんが好きなのは、甘いものとコーヒー。おじいちゃんも一緒に食べられるようにお土産は和菓子を選ぶことが多いけれど、本当はドーナツやワッフルが好きなのも知っている。だって「冷蔵庫にあるよ」と言われるワッフルは、いつもひとつがなくなっている。ふつうのスーパーで売っているプレーンとココアが交互に入った4個入りのドーナツは、それぞれの味がひとつずつ。「お手頃価格なのにどっちの味もおいしいよねぇ」なんて語り合えるから、私もそのドーナツがますます好きになる。
けれど、おばあちゃんは私のお土産になるとなかなか受け取ってくれない。
「かおりちゃんが食べんさい」
「や、一緒に食べる」
「お父さんお母さんと食べんさい」
いつも紙袋の取っ手をふたりで握って押し問答をする。
「おばあちゃんに食べてもらいたかったのに」
母に袋を渡しながら呟く。いつも折れるのは私の方だ。
*
昨日、久しぶりに学生時代にアルバイトをしていたレストランに顔を出した。食事はしなかったのだけれど、この状況の中少しでも応援になれば、とバターケーキを2本買った。料理長は原価割れするのではないかと心配になるほどぴこぴことレジを叩いて割り引いて、青い紙袋に入れたバターケーキを差し出して、こう言った。
「料理長の愛が入ってます」
「ありがとうございます」と笑いながら、おばあちゃんにも食べてもらいたいな、と思った。食べながら「料理長の愛が入ってるんだって」と話がしたい。でも、箱ごと渡せばきっと受け取ってもらえない。どうすれば食べてもらえるのだろう。車で帰る道すがら、助手席でごとごと揺れる青い紙袋を見ながら考えた。
家に帰って、すぐにバターケーキを切った。箱ごとがだめなら、もう食べざるを得ない状態にしてしまえばいいのだ。2cmくらいの幅に切って、赤いお皿に載せて、フォークまで付けて。「食べて」と差し出すと、すんなり受け取ってもらえた。またあの押し問答を想像していたのに、拍子抜けしてしまう。おばあちゃんは「明日の10時のおやつにもらう」と言って、冷蔵庫にしまってくれた。
*
今日、家に帰るとおばあちゃんが開口一番に「おいしかった」と言ってくれた。コーヒーとよく合った、おじいちゃんと分けて食べた、と教えてくれるおばあちゃんに「料理長の愛、感じた?」と聞くと、うんうんと頷く。その仕草に、嬉しさで胸がきゅっとする。
「かおりちゃんにお返しがあるんよ」
おばあちゃんが冷蔵庫の扉を開けて、ごそごそと何か探している。私がケーキを載せて渡したお皿に載せられていたのは、手をぎゅっと握ったよりもひとまわりほど小さいいちじくだった。
「あ、もうそんな季節!」
おばあちゃんも私も、いちじくが大好きだ。おばあちゃんはもぎたての常温を、私は少し冷蔵庫で冷やしたのを食べる。初物のいちじくはひとつしかないのに、おばあちゃんはそれを冷蔵庫に入れていた。
まだ夕食も食べていなかったけれど、食べる食べる、と手で割ると、中に黒い点がふたつあった。
「わ、先客がいます」
私がシティガールだったら可愛く声を上げられるのかもしれないけれど、畑の野菜や果物に蟻がいるなんて日常茶飯事だ。
「おいしい証拠」
おばあちゃんはおじいちゃんがぴかぴかに研いでいる包丁で、そこの部分だけをさっと取り除く。
皮と実の間に歯を入れて、少しだけ齧る。ぷちぷちと種が弾けて、青さが香る。最後残るのは、まとわりつくような、懐かしい甘さ。
「おいしい!寿命が延びた」
初物は寿命が延びる、と教えてくれたのもおばあちゃんだった。けれど「一緒に寿命延ばそう?」と言って半分を差し出しても「おばあちゃんはもういい」と言って食べようとしない。きっとこれから出来るいちじくも、全部冷蔵庫に入れてしまうのだろう。
結局私は、おばあちゃんに食べさせてもらってばっかりだ。それでも、懲りずにおいしいものをたくさん買ってこようと思う。あの手この手を使って、「食べて」と言ってみようと思う。
だってスーパーのドーナツも畑になる無料のいちじくも、おばあちゃんと「おいしいねぇ」と食べるだけで、とっておきのごちそうになるのだから。