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鉄塔

 高圧電流を流す鉄塔のそばに住んでいた頃の話。
鉄塔がすぐ見える場所にその団地はあった。望んだ訳ではなく半ば強制的に住むことになった。

ジージー
ジンジンジンジン
ジーンジーン

何の音か皆目わからなかったが、常に聞こえる。晴れの日も雨の日も真夜中も音はそこにあった。
居住棟の前の駐車場の車止めに腰掛け、水色の空にそびえ立つ鉄塔を見上げる。どうやら音はそこから来ているらしい。
今日も聞こえる。
何故誰もこのうるささに嫌気が差さないのだろう。

 幼稚園バスが着いて子供を待っていたお母さん達が戻って来た。
「ねえ、はるちゃんうるさくない?」
え?ごめん、今幼稚園から帰ってきたから騒がしいよね。ほら、静かにして。
「あっくんじゃないよ。この音。ジージーって聞こえない?」
えー、ごめんわかんない。
「けいこちゃんは?あけみちゃんは?」
皆わからないと言う。どうやら私にだけ聞こえるらしい。

 「ねえ、うるさくない?」
仕事を終え帰宅した夫を鉄塔側の四畳半に連れて行く。窓を開け暗い空に立つ鉄塔を指しても夫は聞こえないと言う。

 誰にも聞こえない。こんなに酷い音なのに。
日の出前の静けさの中も、小鳥が鳴く暖かな朝も、その団地に住んでいた10年間、鉄塔の音は止むことなく鳴り続けていた。



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