寅の月の竜宮小僧

【初めに】
寅の月は旧暦の一月ですが。お正月ということで、短いお話を書いてみました。竜宮小僧モチーフの話ですが、昨年の井伊谷の日にアップしたお話とは繋がっていません。本作の鶴丸の年齢は数えで十二、次郎は十一です。
現在BS松竹東急で直虎放映中ですが。本編を見ていても、おとわ、次郎、直虎は政次にだけは甘えるんですよね。ほぼ無自覚に。なのでこんな日々が常であったのだろういうお話です。

こちらもいずれ、pixivにあげる予定です。
プライベッターその他、創作投稿サイトとXの連携が中々難しくなっているので。今後もpixiv掲載前に短い話はnoteに載せます。

【必ずお読み下さい】
本作は某作品の二次創作です。二次をご理解いただけない方は、ここで引き返して下さい。作中キャラクターの名と大まかな設定などは、ドラマから借りていますが。実在の人物、および演者の方とは何ら関わりがありません。
また筆者は政虎推しで、基本政虎の話しか書いておりません。こちらも許容出来ない方は、ここで引き返して下さい。

それでは以下本編です。

「あにうえ、お馬!」
「亥之助、此処ではならぬ。妹たちが寝たばかりじゃ。外へ参るぞ」
 俺は小さな弟の手を引き、庭へと降りる。
「おそと、さむい」
「遊んでおれば、温かくなる。さあーおと…次郎様?」
 庭を横切り、表へ出た途端。膝を抱えて座り込む次郎に出くわして。鶴丸は驚き、足を止めた。
「次郎様、腹が減っておるのですか。ならば厨にー」
「ちいとの、草臥れたのじゃ。竜宮小僧の行に励んでおったゆえ」
 正月間は寺でも何かと忙しく。竜宮小僧の行になど出る暇は無いはず。
おとわ、何かあったのじゃな。
 此処へ来た訳を問わず。鶴丸は黙ってしゃがみ込み、懐から干菓子を取り出した。
「ほら」
「ん…何じゃこれは!甘くてすっとのうなって」
「父の駿府土産にございます。館にはまだありますので、宜しければ残りは次郎様がお持ち下さい」
「良いのか?鶴、恩に切る!なれど、寺へはまだ帰れぬ…」
 小さく軀を丸める、次郎の顔を覗き込み。鶴丸は咄嗟に嘘を吐いた。幼馴染の為の、優しい嘘を。
「ならば、竜宮小僧様。お願いがございます。私も弟も、暫くは館には帰れぬのです。我らに付き合うてはいただけませぬか?」
「何と。鶴も帰れぬのか」
「はい。年子の妹達がやっと寝付いたところで。母も乳母も草臥れて眠っておるので。館から少しばかり離れたところで亥之助と遊んでおろうかと。なれど亥之助はあちこち走り回るので。某一人ではーおい、最後まで人の話を聞かぬか!」
「もう、鶴はいちいち面倒くさい。亥之助と遊べば良いのじゃろ?ほれ、我が鬼じゃ!捕まえてみよ!」
「じろうたま!」
 くそっ。
 鶴丸は慌てて立ち上がり。全力で駆けていく次郎と弟の背を、懸命に追った。
 いつもこうじゃ。おとわは俺の話を碌に聞かず、駆け出してしまう。おとわであった頃も、僧となった今も変わらず。
 お前が辛い時、苦しい時、悲しい時、ひもじい時。俺は誰よりも側で助けてやりたいと思うのに。お前はその先へと駆けて行くのだ。
 ああ、俺がお前の兄弟子であったら。お前が小野に産まれ、俺の妹であったら。お前をただただ慈しみ、大事に大事にしてやれたのに。
 なれどお前が井伊のひとり子の姫で。俺が小野の嫡男で無かったら。共に遊び、学ぶことなど無かったのじゃな。
 俺がおとわを想うこともー。
「あにうえー」
「ああ済まぬ。今参る」
 俺は全力で駆けて、亥之助を追い抜き。おとわを捕まえた。
「おとわ、捕まえたぞ」
「ふふ」
 おとわがくすくすと笑うので。俺は何だか面白うなくてすっと手を離したが。おとわは構わず握り返してきて。俺の顔を覗きこみ、鼻を膨らませ、得意げにこう言うた。
「今、お、と、わ。と言うたな。今の我は竜宮小僧じゃぞ」
「竜宮小僧様は影ながら井伊の民を助ける者であろ?人を揶揄うたりせぬ」
「我は、竜宮小僧の行をしておるだけの、ただの。ただの、僧、じゃからの…」
 しょんぼりと項垂れるおとわを座らせ。弟も座らせて。俺は水筒の水を差し出して。おとわが話し始めるのを、辛抱強く待った。
 おとわは遠慮のう、ごくごくと水を飲み。ふうと息を吐いて。項垂れたまま、ぽつりぽつりと話出した。
「正月は寺も忙しゅうての。我も懸命に、その。手伝おうとしたのじゃが。小さい者は表に出して貰えぬでの。それで我より少し大きい兄弟子達の後をついて回ったら、邪魔だと言われて。
 そしたら昊天さんが、井伊の館への遣いを頼んでくれたのじゃが。母上が、すぐに帰れと。ち、父上にもお会いしたかったのに。う、ううっ」
「おとわ、ほら」
「ずまぬ…」
 差し出した手拭いで目を拭きながら。おとわは尚も話し続けた。
「ならば民を手伝おうとしたのじゃが。田にも畑にも人は居らぬし。井伊の社で坊主が手伝うておるのもの。それで。鶴の顔が見とうなって。小野の館まできて」
「腹が減って座り込んでおったと」
「もう、笑うな!なれど、その、まことに。腹は。減っておる。う、ううっ。ひもじい。ひもじゅうて。此処が、寒い…」
 いつものように、声を上げるでもなく。胸に手を当てて、しくしくと泣き出したので。俺は狼狽え、おとわの背に手を添えて。優しく撫でさすってやる。弟や妹達にしてやるように。
 おとわ。それは寂しいというのじゃ。昨年までお前は、殿やお方様、ご一門の方々と。正月は過ごしておったのじゃから。今無性に寂しいのじゃ。
 なれど寺では誰にも甘えることなど出来ぬ故。こうして俺に会いにきてくれたのじゃな。
 ならば、俺はお前の幼馴染で良かった。おとわ。俺もお前の竜宮小僧となる。今そう決めた。
 お前がひもじい時、辛い時、悲しい時、苦しい時。難儀しておる時は陰ながら助ける者となろう。いずれ家督を継ぎ、家老となった後も。
 そしていつかお前が還俗を許され。井伊の姫に戻る日が来るなら。何もかも好きに出来るよう、力を尽くそう。
「あの、な。鶴」
「何じゃ?」
「鶴が、我の友で。その。まことに良かったと思うておる。父上と和尚様に感謝せねばの。で、その。腹が減って。もう、歩けぬ…」
「お前は全く…。ほら、乗れ」
「良いのか?重かろ?」
「お前や亀を背負うて帰るのは、俺の役回りであったからな。今更じゃ」
「済まぬ。恩に切る」
「恩に感じてくれずとも良い。俺はお前の友じゃから。友を助けておる。それだけじゃ。亥之助、兄に着いて参れ。出来るな?」
「あい」
 素直に着いてくる弟に安堵して。鶴丸は次郎を落とさぬよう、注意深く歩みを進める。
「あのな、鶴」
「何じゃ」
「鶴の背は温うて。何やら、ほっとする。ほっとするのじゃ…」
「おとわ。今日は小豆飯があるぞ。厨の者に言うて握り飯にー」
 はは。何じゃ。眠ってしもうたのか。全く世話のやける竜宮小僧じゃの。なれど世話がやけるのも嬉しい。おとわが遠慮のう甘えてくれるのも嬉しい。おとわがこんなにも甘えたことを言える相手は。もう俺一人であるから。
 いつか。いつかおとわの還俗が叶うたら。俺と。
 いや、そんな日は来ぬ。亀が無事戻るやも知れぬし。おとわは俺との夫婦約束を厭うて出家したのじゃし。
 ならば俺が出仕する迄の間で良い。おとわとこうして過ごす時が。どうか続きますように。どうか。どうか。


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