【織々ノ記】#93 人間関係と創作意欲
2023年6月4日
短歌を詠むことがめっきり少なくなった。去年の文フリで出版した短歌集は2014年〜2019年までの歌をまとめたものだが、それ以降の歌が片手で数えるほどしかない。
ペースで考えると2018年が大豊作の年で、先の歌集の半分ぐらいは2018年に詠んだ歌だ。また、2017年以前、すなわち大学入学前の歌も収録歌数こそ多くないが、草稿段階では200首を超える歌があった(質よりも量の時代)。
一体なぜここ数年不作の年が続いているのか、原因を考えてみたが、一つの可能性としては人間関係があるのかもしれない。
自分の短歌はかなり恋歌が多い。ちゃんとした歌人は0から空想で歌を生み出せることも可能なのかもしれないが、自分の場合、実際に恋愛の只中でないと、なかなか歌を紡ぐことが難しい。
高校時代は、1年半つまり高校生活の半分も片思いしていた人がいたし、大学の初期の頃も些末な恋愛に溺れていた。
それがコロナ禍で恋愛関係はおろか、普段の友人との交友関係も希薄になり、更にはちょうど自分の進路選択の時期とも重なったことで、ここ数年は人間関係がかなり希薄な時期になっていた。
一人でいると、思考がぐるぐるとその場を回るばかりで、出口まで至らない。出口まで至らないということは、頭の中を言語化できないということで、すなわち作品を作り出せないということだ。
幸いなことに、大学院に入ってからは少しずつ交友関係も復活し、一緒に食事に行ったりする機会も戻ってきた。
先月には大きな人間関係の変化もあって、創作意欲がかなり復調気味で、短歌も僅かではあるが、詠み始めている。
先の文フリの話に戻すと、文フリで出版した作品は、実は短歌集も短編集も全て2019年までのものだ。もちろん手直しはしているが、全く0からの創作というものをしばらくやれていないということになる。
今の自分に一から書き始めて最後まで完成させることができるか、不安ではある。ただ、創作意欲が回復した今ならどんな物語でも紡げそうだと、期待と自信にあふれている自分がいる。
次の東京の文フリ(37)には出店しない予定だが、このエンジンのかかった勢いを無駄にすることなく、創作活動に没頭できればと思う(まあ、本当は修士論文を一番に取り組まなきゃいけないんだけど)。
(了)