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おい、かっこいいを教えてやる

ひどい言葉をいくつも投げかけられてこの歳まで生きてきたけど、何度も思い出すのは上手く言い返せなかった言葉だ

グループワークを自分の担当分もまるっきり投げて音信を絶った癖に発表の日だけやってきて、何もできなかったから発表者をやるとヘラヘラ言われた時の不快さは「恥を知れ」とその場で追い返したお陰で嫌な思い出になっていない
しかし、その場で言い返せなかった言葉達は魚の小骨が喉に引っかかるようにいつまでも私の中にあってチクチクと痛みを与える
多分私はそんな骨を力づくで胃の中に流し込んでやるために、今文章を書くことによってせっせと言い返しているんだと思う
一期一会で不愉快な言葉を投げかけてきた奴も数多いるけれど、それなりに長い付き合いでそれなりによく話す奴の中には何度も不愉快な言葉を投げかけてくるレギュラー選手もいる
わりかし親しい立場にいるからこそ、人間関係のしがらみや情状酌量によって絶縁しないが故に何度も私に不愉快なことを言うチャンスを得た奴らだ
中途半端に親しい奴に一番何も言えない
人間関係の不気味の谷現象だ

私は昔、とても自信がなかった
ブスだと言われるままにごめんなさいと思っていたし、誰かの心無い言葉に怒る勇気がなかった
事実は受け止めなきゃいけないと思っていたし、怒って雰囲気を悪くするようなヒステリックな女になりたくないと思っていた
だから、傷付いてないふりをして道化を装うのが私のただ一つの防御手段だった
それでも、死にたいくらい傷付いていたから、おちゃらける外面と苦しむ内面のズレが複雑に入り組んで自意識をこじらせていた

「お前は一度脛に傷のない男と付き合えばいいと思う」
と言われた
原文ままなので、意味が分からないと思うが、私のこじらせた自意識を解くためには、真っ当な男と付き合うことが必要だという意味であった
私はその時共通の知人に好きな人がいたので、「○○は真っ当じゃない?」と聞いてみた
「良い奴だけど、女に需要があるかどうかというとないじゃん」
と言っていた
ここには大きく二つの勘違いがあって手が回らないのであえて、お前も別にモテてないじゃんという些細な事は置いておいてあげようと思う

まず第一にあの時の私の自尊心は石油王と付き合ってもジョニー・デップと付き合っても回復しなかった
何故ならそもそも私の苦しみは市場価値の高い異性と付き合えない苦しみではなかったからだ
私はブスだから恋愛市場において評価されないことが悲しいんじゃなくて、私はブスだと言ってきた男に反撃する権利がないと思っていたから悲しかったんだ
付き合う人間の市場価値によって損なわれたり回復したりする安い自尊心ならくれてやる
私は何も言えない自分がずっと悔しかったのだ

そして、私が当時好きだった人はそいつなんかよりずっと良い人だった
自分の中に確かに正義があり、法曹の道を歩んでいた
それは背が高いよりもずっとずっとかっこいいことだ
私はモテる人を好きになったことはない
でも、かっこ悪い人も好きになっていない

私は背が高いことをかっこいいと呼ばない
私は権力があることをかっこいいと呼ばない
共学の小学校では脚が早いとモテるらしいけど、交通機関が整備されて、狩猟生活からも大方離れた今、おかしなことだと思わないだろうか?
中には、小さなコミュニティの中で徒党を組んで鶏口として君臨し、気に入らない奴を馬鹿にして過ごすことに男らしさや面白さを見出す人もいるけれど、私はそうは思わない

私は自分だけの判断基準を持っている人をかっこいいと呼んでいる
みんなが「あいつは馬鹿だから」と言っても自分がそう思わなかったら馬鹿にしない人
みんなが見逃している悪事に対して「仕方ない」と言わずにおかしいと思える人
自分ひとりじゃ人ひとり好きにも嫌いにもなれない人の方がずっとかっこ悪い
それは自分が選んだかっこいい人の真似事なのかもしれないけれど、その人がいなくてもかっこいいとかっこ悪いを自分で選んでいける?

最近考えれば考えるほど、どう生きるべきか分からなくなっているんだけど、結局自分で考えて選んで責任を持つことだけが人生を作っていくのだと思う
私は偉そうなことを言っていても、いつかまるっきり反対のことを正しいと思うかもしれないし、間違いだったと明確に気付くことがあるかもしれない
でも、今の私が真剣に考え抜いた正しさだから間違っていた時、責任を持って私が間違っていたと言おう

誰かや周りの雰囲気で言ってしまったことにも責任を持っていけるだろうか
考え抜いて決めたことでも誰かがサイコロを振って決めたことでも責任を持たなければいけない世界なのだから、自分で考えたことに責任を持つ方が納得できると思う

私に嫌な言葉を投げかけた人のうち、特に中途半端に親しい何人かは私の笑顔が醜いといった
顎変形症の私の笑顔は今でも歪だ
表面的な美の基準に照らし合わせたら美しくないのだと思う
彼らはアドバイスのつもりで私に真顔でいろといったり、笑顔の練習をしろと言った
大学時代の私の写真に歯を見せて笑う写真はほとんどない
でも、私が好きになった人達は、みんな私の笑顔を素敵だと言った
批評家を気取れば、私の笑顔は変なのかもしれない
私は笑わない方が可愛いのかもしれない
でも、私が笑えることはやはり素敵なことなのだ

私は誰かから笑顔を奪う人より誰かの笑顔を取り戻す人の方がかっこいいと思う

私は最近、嫌なことを言ってきた人がどんな気持ちで言ってきたのか考え過ぎるのをやめた
私が考えたところで結論めいたものはでても、推測に過ぎないからだ
代わりに本人達に聞くことにした
随分図太くなったものだと思うけれど、年をとるのがこういうことなら、全然怖がることはなかったなと思う
一昨年よりも去年よりも私はずっと勇敢になった
件の男にどうして私に嫌なことをたくさんしたのか、今どう思っているのか聞いてみたところ、
「悪いことをしたという思いは時間を経るにつれて増えていて、おそらく今後年齢と経験を重ねるごとにどんどん増していくんだろうと感じている
ただ償いがどう成立するのかわからなくて、害になるようなことをしないと心掛けるくらいしかできてない」
と言った

きっと、将来子供が生まれたりしたら、自分の子供が自分がかつて言ったのと同じ言葉を聞くことがないように願うだろう
私はそれを勝手だとは思わない

この先お前に娘が生まれてもその娘が容姿や態度で酷い言葉を投げつけられない世界を私は望む
この先お前に息子が生まれても身長や性交体験の有無で馬鹿にされたりしない世界を私が作る

いいか、かっこいいとはこういうことだ

#コラム #エッセイ #人生 #生き方 #ブス

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篠原かをり
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