ゲラン「ジッキー」

香水沼に足を取られる前から、GuerlainとCHANELは特別な存在として名前を知っていて、いつか付けこなせる人になることが「素敵な大人」になることの条件のひとつだった。


初めて付けたGuerlainは「ランスタンマジー」。

いつどこでだったかは忘れたけれど、偶々手に入れたその香水は、ほんわりとパウダリーな香りが幼い頃親が付けてくれた日焼け止めの香りに似ている(!)という印象だった。そんな出会い方をしたけれど、一時はお風呂上がりのコロン代わりにする香りのひとつにするほどよく付けていた。


お風呂上がりコロン代わりに纏う香水。

これは私にとって重要な指標のひとつで、すなわち「まっさらな肌にこの色(香り)を付けたい」「自分の素肌がこんな香りであってほしい」を意味する。同時に、「いつでも安心して付けられる、素の自分がしっくりくる香り」でもある。


そして今その「お風呂上がりのコロン代わり」はほぼ「Jicky」一択になっている。

初めは、「Shalimar」に興味が湧いて調べるうちに、「Jicky」がその誕生において大きな役割を果たしたことを知り、なんとなく頭の片隅にあるくらいの香水だった。いざ「Shalimar」に挑もうと新宿伊勢丹の香水カウンターに並ぶGuerlainのクラシック香水をいくつか紙に出してもらい比べたところ、ピンときたのが「Shalimar」ではなく「Jicky」。そのままパルファムを左手首に吹きかけてもらった。

初めは香水っぽくないというか、薬草のようなハーブ香。パルファムでは奥にエグミさえ感じる。ちょっとだけ降参しかけたころ、香り出したのはバニラ。それも伊勢丹で紙に出してもらった「ドゥーブルヴァニーユ」のような滑らかでスイーツのようなバニラではなく、乾燥した質感でよくも悪くも「香料」然としている。そして数時間後、左手首からは柔らかく優しく包み込んでくれるようなまろやかな香りが漂っていた。

このラストの香りがとろけるように気持ちよく、「全ては受け入れられないけれど得体の知れない魅力を秘めた香り」として記憶に残ることになった。ちなみに、この日は香りが消えてしまうのが惜しくていつまで経ってもお風呂に入れないという珍事件まで発生した。


しばらくしてEDPを小分けで購入した。EDPはパルファムと比較して、奥にあるエグミが格段に軽くなり、代わりにハッキリとトップのラベンダーとローズマリーが識別できる。よい意味で香水らしくなく、気分転換用のハーブウォーターのように気負わずに纏うことのできる香りだ。また、パルファムよりもバニラの香り立ちが早く、ラベンダーは残ったまま、ローズマリーと入れ替わるようにしてバニラが香り始める。その結果、ラベンダーとバニラがよい具合に混ざり合い、「ラベンダー&バニラ」という私にとって新たな「萌え」と出会うこととなった。そして肝心のラストには、パルファムほどの芳醇さはないものの、記憶にある「柔らかく優しく包み込んでくれるようなまろやかな香り」がちゃんと肌から漂っていた。

つまりEDPは、私がパルファムで感じた苦手な部分を軽減しつつ好きな部分は保った絶妙なバランスで、すっかり「初めから最後まで受け入れられる、魅力的な香り」と「Jicky」に対する認識を改めることになった。

さらに、「Jicky」について調べる中で、この香水にまつわるラブストーリー(かつて学生時代に恋した女性の名を持つ香り)を知った。このストーリーは初々しさとほろ苦さー「青春時代の恋の思い出」というドラマと厚みを香りに与え、「Jicky」は私にとって「思い入れのある香り」になった(私はエメ・ゲランとジッキーと呼ばれた女性の恋物語の詳細を知らないし、それが現実の出来事だったのかさえわからない…にも関わらず、私はその物語を共有し、私にとっての「思い入れ」の理由になったのだ)。


好きな香りで思い入れもあるとくれば、当然「Jicky」と私の距離はすぐに近くなった。トップのハーブウォーターのようなつけ心地も手伝い、気がついた頃にはお風呂上がりには「Jicky」に手が伸びるようになった。お腹周り中心に数プッシュ。その後に外向けの別の香水を付けることもあるので、肌の露出する部分には付けない。体温で温まった「Jicky」の香りが首元から漂ってくる。日によってはラベンダーが強く、別の日にはバニラが主張する。香り方に揺らぎはあるにせよ、どんなコンディジョンのときでも「Jicky」は心地よく香り、私を力ませることはない。今日も自分から「Jicky」が香ることに安心する。


ちなみに、もしかしてEDTのほうが「お風呂上がりのコロン代わり」にはちょうどよいのでは?と思い、一度ブティックで肌にのせてもらった。たしかにトップはいつもの「Jicky」。しかしバニラがうまく出てきてくれず、ラベンダー&バニラが私には味気ない印象となってしまった。結局EDPのバランスが私好みなのだろう。

あと、私はこの香りを「付けこなせている」、つまり「素敵な大人」への一歩を踏み出せているのだろうか?その答えは「No」で、ゴールが近づいたかと思えば遠ざかっていく(鬼畜な)ゲームのように、今は「素敵な大人になるには、やはり王道ミツコやパルファムが自然と付けられるようにならなくては…」と目指すべき地点が遠くへと逃げていってしまった。「素敵な大人」への道は長く険しい。


そして最後に、香水について語ることの難しさについて。結果的に今回は極私的な記憶と絡めて語るという体裁をとることになった。もっと分析的に、例えば香りの変化を時系列に語り、その効果を検討する方がよかったのだろうか?正解はわからない。ただひとつ、それが批評と呼ぶに値するものであろうと、感想文レベルのものであろうと、まずは語り始めることが大切なのだと思う。自分に合った語り方はそのうち見つかるだろう。

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