私の履歴書 介護のお仕事編②-10
某居酒屋系介護事業有料老人ホーム
[東日本大震災]
2011年3月11日
その日は朝から忙しかった
[外出レクリエーション]の日…
パートのCさんと
何ヵ月も前から企画した
「陶芸教室」に行く日であった
希望のご入居者様を送迎車に乗せ
20分位走らせた所で
陶芸を教えてくださる方の
作業場にお邪魔し
皆さんの好きな器やネームプレートなど
楽しく創って頂いていた
出来上がりは後程郵送で送ってくれる
「出来上がり楽しみだねぇ☺️」
「なんか、失敗しちゃったよ~💧」
などなど、和気あいあいな雰囲気だった
(良かった、事故なくここまで出来て)
後は帰るだけだ…少し安心した。
たしか昼食を早めに食べて出発したので
帰りはおやつを回るから
送迎車に乗る前に
軽く用意していた小さなあんパン
とクリームパンを召し上がって貰ってから…
と、思っていたその時
グラグラと作業場が揺れ始めたのだ。
結構長かったと思う
自立度が高い方ばかりお連れしていたので
その場に居た陶芸の先生と
私達3人のスタッフで入居者様を
守った…
「え?地震!怖かったねぇ~!」
「皆さん大丈夫ですか?!」
「どこが揺れたんだろう?結構近いかな?」
騒然とする入居者様達
「おやつ、中止にして今から車に乗りまーす。」
皆さんをゆっくり車まで誘導した。
(それにしても、怖かった…作業場の周りは
竹藪だから、それでも揺れなかった方かな…
作業場の内側の棚に置いてあった、陶器が落ちてこなくて良かった…。)
陶芸の先生に挨拶をして
ホームに向かった。
送迎車のラジオからニュースが聞こえる
どこで地震があったか気になったからだ
「東北地方に大きな地震…」
と聞こえた瞬間
「え!!東北?!」
耳を疑った。私達の所から考えて
はるかに遠く感じる東北の地震の
影響でこんなに揺れたの?!
と、思うと同時にまた揺れが来たのだ
大きな送迎車が右へ左へ傾く
尋常ではない揺れだった
車の中から見えた電信柱も
物凄く揺れている
信号はとっくに機能していないことを
その時に知った。
車内一同悲鳴、悲鳴、悲鳴。
(落ち着け、落ち着け!この人達を守らないと!)
怖かった。
(ホームに無事に着いてくれ!!)
心の底から思っていた。
[介護のお仕事編 ②-11へ続く]
☆このお話を読んで、フラッシュバックを
起こされた方もいらっしゃると思うんですね…
ごめんなさい…お辛いですよね😢
そろそろ10年と言う節目に向かっていると
思うのですが…被害に遭われた方々の
安らかな日々を、心から願っています。