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アメリカの移住促進策のインセンティブ10例から考えるリモートワーカーにとっての本当のインセンティブとは
コロナ禍が続く中、多くのワーカーが通勤せずにリモートワークをするようになり、働く場所を自由に選択できるようにもなってきているのは世界共通の傾向です。見方を変えればコロナが新しい働き方を指し示しているとも言えます。
ちなみに日本ではコロナ以前から、ニ拠点(もしくは多拠点)生活を前提に、主に東京のIT企業からリモートワーカーを誘致して地元の活性化に活かす試みを続けている自治体があります。その中でも、ぼくの知る限り最初期から成果を上げているのが長野県の「おためしナガノ」です。
コロナ前からリモーワーカーの移住を促進するおためしナガノ
これは最長6ヶ月間、試しに長野に移住して、リモートワークで東京圏の仕事もしつつ、地域の一員になって長野の良さを体感してもらおう、その結果、気に入ってもらえれば移住していただこう、気に入らなければお帰りいただいて構わない、という趣旨のプロジェクトです。
いきなり移住するのはかなりの勇気が要るでしょうから、ちょっと試しに住んでみて自分に合うかどうかをチェックしていただくという発想は、参加者にとってのハードルを低くするいいアイデアです。
このプロジェクトが魅力的なのはおためししていただくためのインセンティブで、資金援助として一人あたり最大30万円が補助されます。これには、仕事する環境としてのコワーキングスペースの利用料金、引っ越し代、家具や家電、自動車などのレンタル料が対象になっています。
また、住宅も民間アパートの家賃補助や紹介のほか、市町村が所有する物件であれば無償供与できるものもあり、職場と家に関してはちゃんと抑えられています。
ポイントは今の仕事を辞めなくても居場所だけ変えればOK、というところ。6ヶ月もあれば土地の様子(文化や生活様式)も判ってきますし、仕事仲間や友人もできるでしょうし、家族も地域に溶け込めるでしょうし、かつ、会社がOKしてくれればいいわけで、その間、収入面で途端に心配することもない。
ぼくは、個人的には定住を前提とする「移住」より、適宜、必要に応じて居場所を変える「移働」推奨派ですが、それは数ヶ月単位で場所を変えて仕事もし暮らしもするというライフスタイルですので、このおためしナガノの「最長6ヶ月間」という設定は「移働」派にもマッチすると考えています。なのでためしてみて気に入れば、「移働」の滞在地のひとつとして確保しておく、という選択肢もありです。
IT企業に特化している(=リモートワークの常態化が進んでる)ことと、長野が東京に比較的近いという地理的な要因も相まって、毎回、応募者も多く、前回は99組が応募して12組が採用されており、7期目となる2021年度は12組39名が参加しています(2月で終了予定)。ちなみに、過去にこのプロジェクトに参加した人の中から実際に何人も移住しているので、一定の成果はあがっています。
希望者は個人、法人を問わず、1組3名以内で、以下の21の地域から希望するところを選択して申し込みます。
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この各ブロックのいずれにもコワーキングか、それに準ずるワークスペースが用意されている、というのが素晴らしいところで、長野県は随分以前から県下にコワーキングを配備することを着実に進めていました。
先見の明があったと言うべきでしょうが、実はこの施策のきっかけを作ったのは上田市のコワーキング(だった)「Hanalab」を起ち上げた井上さんです。(だった、というのは、現在は「株式会社はたらクリエイト」に組織変更されています)2016年に、コワーキングツアーでおじゃましてこの話を聞いた時には、その発想と行動力に感心してしまいました。
なお、2021年度の募集概要についてはこちらのPDFを参照ください。
アメリカのユニークな移住促進インセンティブ10例
ところで、冒頭に書きましたように、コロナ禍をひとつのパラダイムシフトと捉えて地元にリモーワーカーを呼び寄せようとするのは世界的な兆候ですが、アメリカもその例に漏れません。
コワーキング利用料が無料だったり、移動費を支援してくれたりするのはおためしナガノと同じですが、中には土地を無償で提供したり、暗号通貨で支払われたりと、ちょっとスケールの違うインセンティブも用意されていて驚きます。
ということで、アメリカの10の町の取り組みを紹介します。
情報ソースは以下のサイトです。
地図も貼っておきます。
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・ベミジ(ミネソタ州)
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人口15,000人。
ミネソタ州の北中央にあり、地図で見る限りかなり辺鄙なところですが、新しいことを探している在宅勤務者に移住のためのパッケージを提供しています。
インセンティブ:
・引っ越し費用として最大2,500ドル
・地元のコワーキングスペースの1年間無料会員権
・コミュニティやネットワークプログラムの無料会員権 など
対象条件:
・すでに在宅勤務者としてフルタイムで雇用されていること
・町から60マイル以上離れた場所に住んでいること
・ベミジのフルタイム住民になること
・在宅勤務者としての経験を証明すること
・ベントンビル(アーカンソー州)
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人口54,000人。
ベントンビル、フェイエットビル、スプリングデール、ローウェルを含むアーカンソー州北西部では実に1万件以上(!)の募集があります。ノースウエストアーカンソー州議会は、この地域への移住を奨励するために100万ドルを投資しています。規模がすごいですね。
インセンティブ:
・移住することを選択したリモートワーカーに1万ドル提供。現金または暗号通貨で受け取ることができるのがすごい。
・アウトドアレクリエーションのための自転車を無料提供
対象条件:
・24歳以上であること
・フルタイムで雇用されていること(自営業でも可)
・2年以上勤務していること
・アーカンソー州以外の住民であること
・プログラムに参加してから6カ月以内にアーカンソー州北西部に引っ越す意思があること
・米国で働く資格があること
・リンカーン(カンザス州)
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人口3,000人。
リンカーンはこのリストの中で最も小さな町の一つ。生活費が安く、犯罪率も低い。
インセンティブ:
・14,000平方フィートから35,000平方フィートまでの土地を無料で提供
対象条件:
・郡が定めたいくつかの制限あり
・モバイルハウスは禁止
・モジュラーハウスやプレハブハウスを敷地内に運ぶのはOK
・モーガンタウン(ウェストバージニア州)
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人口30,000人。
このリストの中では大きな都市の一つ。Ascend West Virginiaと呼ばれる、モーガンタウンへの移住に対する12,000ドルの報酬を2回に分けて提供されます。
インセンティブ:
・移住の最初の年、月々の支払いで合計10,000ドル支給
・2年目にさらに2,000ドルを支給
・コワーキングスペースの利用無料
・無料のアウトドアアクティビティへのアクセスも可能
対象条件:
・ウェストバージニア州以外の居住者であること
・プログラムに合格してから6ヶ月以内に引っ越す意思があること
・フルタイムのリモートワーカーであることを証明できること
・ニューヘイブン(コネチカット州)
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人口134,000人。
マイホームを持ちたいワーカーは要チェック。魅力的なインセンティブが用意されています。
インセンティブ:
・初めて家を持つ人に最大1万ドルを提供(頭金や契約締結費用に充当することができる)
・毎年20%の割合で返済が免除され、5年後には完全に返済が免除される、金利0%のローンを提供(これもすごい)
対象条件:
・その期間内に家を売る場合は、残金を市に返済するか、新しい買い手に残金を負担してもらう必要あり
・ニュートン(アイオワ州)
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人口16,000人。
ここも、家を購入する際のインセンティブがあります。
インセンティブ:
・住宅購入時に1万ドル支給(19万ドル以上の住宅を購入する場合)
・それ以下の価格の住宅を購入する場合でも、税金の軽減措置が受けられる
・上記の取引は、2023年までに建設される住宅にのみ適用
対象条件:
・支給を受けるには鑑定書や査定書によって家の価値を証明する必要あり
・賃貸は対象外
・ノースプラット(ネブラスカ州)
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人口23,000人。
物価が安い町で、2020年米国国勢調査局によると、ノース・プラットの住宅の中央値は11万8900ドルです。
インセンティブ:
・就職すると最大5,000ドルのサインボーナスが支給
・トピカ(カンザス州)
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人口126,000人。
カンザス州トピカは、移住を促すために、このリストの中でも最大級の金額を提示しています。
インセンティブ:
・現地で働く場合、住宅を購入する際に1万5000ドル支給
・賃貸する場合は1万ドル支給
・リモートワークの場合、賃貸なら最大5,000ドル、住宅購入なら10,000ドル支給
対象条件:
・引っ越した後、オファーから1年以内に家を借りるか購入する必要あり
・受給資格の有無については雇用主に確認する必要あり
・タルサ(オクラホマ州)
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人口670,000人。
このリストの中では最も大きい都市。
リモートワークを選択し、オクラホマ州タルサに家を購入すると、タルサリモートにより、1万ドルが支給されます。
インセンティブ:
・引っ越し費用を提供
・毎月奨学金を支給、丸1年住んだ後に残額を支給
・住宅購入時に1万ドルを一括で支給
対象条件:
・プログラムに合格してから12ヶ月以内に移住すること
・オクラホマ州外で遠隔地の正社員または自営業をしていること
・18歳以上
・米国の永住権保持者であること
・ウェスト・ラファイエット(インディアナ州)
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人口44,000人。
インディアナ州ウェスト・ラファイエットはパデュー大学の所在地で、同大学ではWork From Purdueプログラムを通じて、ディスカバリーパーク地区に住みながらリモートで仕事をする機会を提供しています。
インセンティブ:
・このプログラムを通じて移転することで、1,000ドルから5,000ドルの給与を支給
対象条件:
・合格後6ヶ月以内にウェスト・ラファイエットに引っ越す必要あり
・少なくとも1年間はこの街に住む必要あり
・ただし、住居は自分で探すこと
一時的ではないずっと長く続くインセンティブ
移住促進のインセンティブは、それこそローケーションの数ほど違いがあると思われますが、むしろ違いがなければ差別化できないので、どこでも同じようなプランではなく、地域らしさを盛り込んだ企画力が問われます。
住宅購入時の資金供与はよくあるパターンですが(その金額が日本の比ではありませんが)、奨学金が支給されたり、「毎年20%の割合で返済が免除され、5年後には完全に返済が免除される金利0%のローンを提供」するというプランは応募者のかゆいところに手が届く施策としてよく設計されているなと感じます。
ところで、各地で移住者に対してのインセンティブのひとつにコワーキングスペースの利用料を無料にする、というのがあります。リモートワーカーにとって、自宅ではない仕事場を持つことは必須ですから当然ですが、くだんのおためしナガノのように、地元のローカルワーカーとの交流、接続点として、コミュニティ参加できるというのが大きなインセンティブになるはずです。
現代のリモートワーカーは、ただ単に電源とWi-Fiがあれば満足する人ばかりではありません。誰かとのつながりの中で自分の技量や知識をアップデートしていくことが、自信のキャリア形成に不可欠であることを体感的に習得しています。
ややもすると、住宅とか仕事場とか、ハード(物理的)なものに有意性を植え付けようとしがちですが(もちろん、それも必要ですが)、長くその地で仕事をして暮らしてくために本当に大事なのは、人的ネットワークをどう築いていくか、そのためのソフトの方です。
結局それが、一時的なものではない、ずっと長く続くインセンティブになります。
そういう意味では、ここにあげた例のうち、インディアナ州ウェスト・ラファイエットのパデュー大学が、ディスカバリーパーク地区に住みながらリモートで仕事をする機会を提供している、というのは注目に値します。
そういうことも踏まえつつ、もし自分がこの町にリモートワーカーを誘致するなら、どんなインセンティブを提案するか。そういう問いを立ててみると、その土地にとってのリモートワークの未来が見えてくるかもしれません。
それでは。
(Cover Photo by Sam Lee on Unsplash)
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