たりないふたり




明日のたりないふたりを見て、どうしてもどこかに気持ちを記したくて、筆を取ります。




オードリー若林正恭と南海キャンディーズ山里亮太の漫才ユニット、たりないふたり。


いま自分が明日を向いて生きていけるのは、本当にこの二人のおかげだと、勝手に思っています。


学生時代ずっと音楽をやっていて、でもどうしても上手くいかなくて就職して、そのくせ意志も夢もなく働いてる自分に耐えられなくなって、何もかもが未定のまま仕事をやめた25歳、2019年。
オードリーのオールナイトニッポンと山里亮太の不毛な議論、そしてたりないふたりに出会いました。

見えない未来と人とは違って何かが足りない自分に理解不能な苦しみを抱いて、学生のように飲み歩いては悶ていたあの時期。
ラジオから聞こえてくるTVスターの弱音や愚痴や嫉妬や葛藤は、自分のろくでもない生活の支えでした。

音楽をまた始めようとしてうまくいかなかったり、起業しようとして頓挫を繰り返したりしたあの時期。
Huluでたりないふたりを1から全部見返して、二人のエッセイも読みました。


さよならたりないふたりのライブが決まって、現地のチケットは取れなかったけど渋谷の映画館でライブビューイングを見て、このふたりはこんなにも素晴らしく、それでいてたりてないのかと衝撃を受けました。
大好きだったRadioheadのライブをやっと生で見れたいつかのフジロックと同じくらい、僕の中では衝撃的な体験でした。
自分もたりてないけれど、このまま進んでいいんだと、肯定されたように思えたのです。
あのヒップホップユニットのふたりがそう感じたのと同じように。


この春、僕は27歳で漫画家としてデビューしました。
仕事を辞めてからヤケクソで描いてた趣味の絵でお金を貰えました。
ジャンプ+というweb雑誌で賞をとり、今も読切漫画を描いています。

たりないふたりの解散、あまり実感がないまま寂しさを感じていたけれど、
あんなにも素晴らしい漫才とあんな漫画みたいな最後を見せられたら、文句のつけようがありません。


これからも自分は自分のたりなさを筆と画面に叩きつけていきます。
いつかふたりのラジオで「あの人も俺らのファンらしいよ」と言って頂ける人間になるのが、僕の当面の目標です。

たりないふたり、本当におつかれさまでした。

これからもずっと、たりてないふたりをたりてないひとりは応援しています。


たりてないから前に進めると、
今は心から、そう思います。



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