田んぼダムのすすめ~栃木県小山市インタビュー~
こんにちは、都市整備課です!
初夏になると田んぼに水を張っている景色を見かけます。この田んぼに水を貯める行為は、昔から治水にも活かされてきました。近年は「田んぼダム」と命名し、この取組みを拡げようという動きが出てきています。
しかし一方で、取組みには農家さんのご協力が必要だったり、費用の工面などいろいろと課題があるようです。
今回は、田んぼダムに積極的に取組んでいる、栃木県小山市の産業観光部 農村整備課の中里課長、黒坂係長に現場のお話をお伺いしてみました。
1.小山市の田んぼダムの取組
田んぼダムって??
■今(関東地方整備局 建政部):
まずは、小山市でどんな取組みをされているか聞かせていただけますか。
■黒坂係長:
「田んぼダム」とは、雨が降った際に田んぼに雨水を貯め、田んぼから出る雨水の量を減らすことで、水路や河川の水位の上昇を抑え、溢れる水の量や浸水範囲を少なくすることができる取組みです。
小山市は平成27年と令和元年の2回、大きな浸水被害を受けています。その被害を少しでも軽減するために、「田んぼダム」を進めてきました。
「田んぼダム」をつくるには
■黒坂係長
小山市の田んぼダムの取り組みとして、大きくふたつのやり方があります。
ひとつめが、田んぼの水の出口に下の写真のようなキャップをはめて、水の流出を抑制するという方法です。
■今:
このキャップが無い場合は、排水管からそのまま水が出て、キャップをはめると流れる水が少なくなって、田んぼに水が溜まり、排水路に流れ込む水の量を減らせるということですね。
キャップをはめるだけで簡単な構造ですね。
■黒坂係長:
そうです。こちらのキャップの穴開けは、地元の農家の方々にお願いして、1箇所3000円くらいの費用でつけることができます。
ただこのキャップはデメリットがあり、ゴミが詰まりやすいです。詰まると水圧で取れてしまって紛失します。
■中里課長:
最初は取組を速く拡大させたかったので、安価で簡易で、手間もかからないものということで進めましたが、不評でした。
■黒坂係長:
もう一つが、こちらの桝型のものです。これは新潟大学さんが監修して作られたもので、田んぼのあぜに埋め込みます。真ん中に板がありまして、この板の穴を通り水の量を減らして水路に流れていく仕組みです。
■黒坂係長:
この板を設置するときに、あぜの高さより少し低く板を切ります。そうするとあぜを超える前にこの板の上から水があふれてくるので、田んぼのあぜが壊れないというメリットもあります。
また、稲作るのに水がほしいとき、水を抜きたいときなど、水位調節板を上げたり下げたりで調節ができるので、大変好評です。
ただ、これは設置費用が高くて、1箇所あたり大体2万円ぐらいの設置費用がかかります。
農家の費用負担はゼロ!
■今:
この材料費や設置費用は全部市が出しているんでしょうか。
■黒坂係長:
農水省の多面的機能支払交付金の活用と市の単独費により実施しています。農家さんの費用負担はありません。
2.田んぼダムの推進の壁
壁1:きっかけは2回の浸水被害
■黒坂係長:
小山市は平成27年と令和元年の2回、大きな浸水被害を受けています。そのあと田んぼダムの取組みが本格化して、令和2年、3年にはそれぞれ約2000箇所ずつ、500ヘクタール以上で取組みを拡大してきました。
■今:
急激に設置数が増えていますね。
■黒坂係長:
平成27年関東東北豪雨のときはまだ関心が低い状態でした。
被害を受けた下流部の方々はすごい大変な思いをしましたけれど、田んぼダムに取組むことにより効果がでる上流域の農家さんは、下流域で浸水被害があったことをあまり知らず、「大変だったね」で終わってしまいました。
逆に被害を受けた地域の周辺の方々の関心は高く、「下流での取組みは効果が少ないかもしれないけれど、可能性があるならやるよ」と取り組んでくれました。
その後、令和元年に浸水被害があり、再び大規模な被害を受けました。そのときに、知人であったり親戚の方がすごく大変な思いしている状況なので、上流も協力するよというような機運が高まりました。
■今:
被害が身近になったんですかね。
■黒坂係長:
そうですね。被害が広範囲だったので、「少しでも軽減できるのだったらやろう」と言ってくれる土地改良区(以降、改良区と記載。)の役員さん方がでてきて、そこからどんどん取組みが広がってきました。
被害があったから取組みが広がる、というなかなか苦しい状況ですけれど。
壁2:効果の証明
■黒坂係長:
協力していただける方が増えたのはとても良いことですが、本当に効果があるのか?という話もあります。平成28年度に宇都宮大学さんに協力をいただいて、この地域の地形情報と洪水時の降雨によってシミュレーションを行い効果を算出していただいて、それを基に説明しました。すると、改良区の役員さん方から効果があるのだったらやってみようということで平成29年から広まっていきました。
また、他の地域でも令和元年度に、新潟大学にご協力をいただいております。やはり改良区の理事長や役員の方々も、「効果検証の結果、これだけの効果があります。」と具体的に説明しないと、組合員に説明ができないとおっしゃいます。
「効果が見える」というのはとても重要な視点なんだと思います。
■今:
なるほど。「効果の見える化」ってすごく大事な視点なんですね。
壁3:農家の協力頼み
■山川さん(オリエンタルコンサルタンツ):
農家さんに説明する際に、農家にとってのメリットなんかも合わせて説明されたんですか。
■黒坂係長:
正直、農家さんにメリットがないんです。
例えば排水キャップをつけると、稲わらとかゴミ詰まってしまって水が流れない。すると誰が掃除するだという話になります。管理するにも農家さんの負担が増えてしまうんですね。
■山川さん:
本当に協力で成り立っているんですね。
3.田んぼダムの推進方策
ポイント1:人の関係(上流と下流)
■黒坂係長:
田んぼダムの取組みは、改良区の役員の方の田んぼから始めていただいていきました。まずは役員さんに取組んでいただくと、少しずつ他の改良区の役員さんたち同士の中でも、「じゃあうちの田んぼでやってみるか」と、ちょっとずつ広まっています。
小山市と改良区役員の方々とがよくコミュニケーションをとっているのもポイントかもしれませんね。
■中里課長:
もともと、改良区役員等の農家さんたち同士の関係は良好なところです。田んぼダム以前から信頼関係があって、みなさんでいろいろな話をするのでとても協力的で、田んぼダムの話も広まりやすい。それが小山市で田んぼダムを推進できる大きな要因かもしれないですね。
■今:
農家さんの上流・下流の人たちの交流が盛んなのでしょうか?
■黒坂係長:
小山市土地改良推進協議会があり、そこで理事長さんたちが一堂に会します。そうすると、
「新聞記事で被害を見たけど、そちらの改良区はどうだったんだい」
「下流はとんでもないことになっちゃって」
「うちは全然被害なかったんだよね」
「上流はいいよね」
と、そういうやり取りを聞いています。
上流は何ともなかったけれど、下流の人たちは田んぼ見に行って、水路側とかあふれてとか、水門の点検しに行ってとか、どこが湛水したとか。そういう苦労話を聞いたりして、その情報がすぐに伝わるような関係性を持っている地域だと思います。
■今:
そういう顔の見える関係性があると、あそこの被害軽減のために協力しよう、という気持ちが湧きやすいっていう面もあるのかなと思いました。
国や県の土木関係者が扱う事業は、対象範囲が広くて、上流と下流がもっと遠いんです。だから被害があって対策を進めたい受益者と負担者がの関わりが薄いように感じます。
顔が見える上下流とか、知っている方の被害だったら協力しよう!という気持ちになれるところが大きいのかなと思いますね。
アプローチの仕方、勉強になります。
ポイント2:人の関係(農家と住民)
■山川さん:
農家さんだけでなく、市街地に住んでいる市民の方などにも、田んぼダムの取り組みはPRされているんでしょうか。
■黒坂係長:
市街地住民の方々に対し、排水強化対策の地元説明会を毎年行い、田んぼダムの取組み進捗状況と農家の皆さんにご協力頂いている旨の話をしますが、「田んぼダムなんて、すぐにできるだろ!」となかなか理解されない場合もありました。
そこで、市の説明会に農家代表として改良区の理事長さんが来てくださって話していただきました。すると、会議の雰囲気が全然変わったのです。自分たちの地域のために、田んぼダムをやってくれている人がいると、みなさん理解されるのです。
会議が終わったあとに、住民の方たちが理事長さんに寄っていって、
「田んぼダムは進んでいるのかい」
と話しかけていました。
すると理事長さんも
「大変だが、みんなで協力して進めているよ」
と話がはずんで、最終的には住民の方たちも
「田んぼダムの効果にすごい期待してるので、ぜひともお願いします。」
といい雰囲気で終わりました。
■今:
そういう仕組みだけじゃなくて、住民と農家の方たちの交流の場、人と人の関係性を構築することが重要ですね。
■黒坂係長:
田んぼダムはそこですよね。それがないと正直進まないですね。
■中里課長:
仕組みがあってお願いはしたとしても、そこから先はやっぱり、関係性が構築できていないと進みません。
ポイント3:有識者の協力
■黒坂係長:
やはり、農家さんに取組み効果の説明を行う際は、第三者的な立場から有識者の方が説明されると、すごく話がスムーズに進みます。
令和元年度に行った効果検証結果説明会に、新潟大学さんに来ていただいて、「小山市は新潟県と比べても効果がでやすい地形ですよ」というような話と結果を説明していただき、理事長さんたちも理解しやすいとおっしゃってました。
■今:
第三者や有識者、誰に話してもらうか、も重要なポイントなんですね。
私たち(国土交通省)の事業でも、住民の方に合意してもらわなきゃ進まない事業っていっぱいあるので、そういうときの説明方法に参考とさせていただきます。
■今:
田んぼダムの効果は改良区毎に示すのでしょうか。
■黒坂係長:
要望があった場合には各改良区で状況が違うので、それぞれの効果をお示しします。一般的なの効果を示すのではなくて、それぞれの改良区での効果が見えると取組みも加速すると思います。だからこそ、解析を依頼できる有識者の協力が不可欠です。
ポイント4:上流域自治体の協力
■黒坂係長:
令和元年東日本台風では、思川がはん濫危険水位を超過したので、小山市の田んぼダムだけではもう駄目だとなりました。そこで、県内思川上流域の市にも、田んぼダムを実施していただけるようにお願いに行きました。
また、県の農水関係にも協力して欲しいと話をしていたのですが、なかなか話がすすみませんでした。
■今:
県の農水部門でも、田んぼダム推進の状況ですか。
■中里課長:
今は県でも流域治水の協議会があって進めようとしています。きっと上流市にも声がかかっているとは思います。
■今:
でも、多分温度差はあるんでしょうね。
■黒坂係長:
やっぱり温度差はあるように感じます。
県全体での流域治水協議会があって、その中で農政部門での雨水流出抑制対策の会議があります。今はその中で、流域治水として、農政関係者には何ができるのかという指針を作っているところで、田んぼダムやため池の貯水もできるのではないか検討しています。
そうやって、いろんな関係者が取り組みはじめるのはいい流れですが、具体的に基本指針ができるとなったときに、やっぱり上流の市町さんから、なんで被害のない地域で田んぼダムに取組むのか、という話も出ると思います。
■今:
実行フェーズまで進むと、また色々課題がでてくるということですね。ここでも、上流部と下流部の市と顔を合わせて関係性が構築できれば、何かいい流れが生まれるかもしれませんね。
4.まとめ
今回は、田んぼダムを進めるための施策をお伺いしましたが、補助制度や仕組みというよりも、地域を知ることや、人と人との関係性を作ることの重要性を知ることができました。
流域治水や雨水貯留浸透事業というのは、実施に伴う不利益に対する補償を行う等の仕組み作りが課題と言われることが多く、解決には時間を要します。しかし、その前に協力してくださる方と受益者が交流することだけで、うまく進む部分もあるのかもしれません。
他の自治体でも、田んぼダムや雨水貯留浸透事業の推進に資することができると嬉しいです。
★このメンバーでお話を伺いました★
インタビュアー
(左から1番目):今佐和子(関東地方整備局 建政部 都市整備課 課長)
(右から2番目):柞山このみ(関東地方整備局 建政部 都市整備課 技術指導係長)
インタビュー補助
(右端):山川仙和((株)オリエンタルコンサルタンツ)
※R5.2インタビュー実施