アメリカの気候変動とまちづくり ~古澤えりさんインタビュー 後半
※バナー画像はサマビル市HPに加筆。
こんにちは、都市整備課です。前回に引き続き、アメリカで都市政策の専門家として気候変動対策や公平なまちづくりに関する活動をされている、古澤えりさんにお話を伺います。
前回はニューヨーク市の洪水対策の話がメインでした。
今回は、古澤さんが気候変動アドバイザーを務めている、マサチューセッツ州サマビル市での気候変動対策計画の策定過程についてお伺いします。
サマビル市の気候変動対策計画
■今:
サマビル市はどんな都市ですか。
■古澤さん:
サマビル市はアメリカ東海岸に位置する人口8万人ほどの都市です。ボストンやケンブリッジに近くアカデミックな雰囲気があり、また移民が住民の4人に一人を占める多様性の豊かなまちです。アートフェスや音楽祭など、地域の活動も盛んで活気があります。
気候変動の観点だと、サマビルでは豪雨による内水氾濫の他、川に面した地域での洪水リスク、また気温上昇に伴うヒートアイランド現象の深刻化がすすむとされています。
サマビル市では、前市長の下で2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにしようという目標を掲げています。それに伴い、気候変動リスクのアセスメントや、温室効果ガス(GHG)排出に関する調査などの取り組みを進めてきました。
それらを基に、市で初の気候変動対策計画であるSomerville Climate Forwardを2018年に策定しました。
取組を成功させる3ポイント
■古澤さん:
気候変動対策計画には、建物、モビリティー、環境、など5つの分野にわたる13のアクションが掲げられています。毎年計画に沿って取組を進めていく上で成功の秘訣だと思っていることがあります。
【Point1】:担当者を明確にすること
13の項目それぞれについて、市のどの部局が主体となって進めるのかが計画に載っています。市が毎年進捗レポートを発表するのですが、その都度その担当部署が報告することになるため、責任の所在がはっきりします。ちなみに、それぞれの項目について、担当部局が誰と共同で進めるのか、具体的なステップやタイムライン、進める上での公平性の観点からどのような考慮をするべきかも書かれています。
【Point2】:計画策定段階から住民と協働していること
計画策定の初期の段階からワーキンググループという形で地域の方に入ってもらうことで、トップダウン的になるのを避け、地域の方にオーナーシップを持ってもらうことを目指しています。
また、計画に載っているアクションそれぞれについて、「誰と連携するか」を載せてあります。行政の部局が載っていることも多いですが、土地所有者の方や、現場をよく知っているNPOと協働するケースも多いので、その場合はその方をステークホルダーとして載せてあります。アクションのすべてが行政の中で完結する必要はなく、行政内外で連携して進めていくという姿勢が伝わります。
【Point3】:首長のやる気
気候変動対策計画を策定した当時の市長も気候変動対策を熱心に進める人でした。
2022年から新しい市長が就任したのですが、彼女もとても積極的で、気候変動対策を進めている部局の予算を拡充したり、アドバイザーに参加する地域の人の多様性を重視したり、と力をいれています。市長選の段階から気候変動対策の重要性を唱えていたこともあり、彼女の政策の重要な柱になっていることも成功の秘訣かなと思います。
多様性に対する対応
■今(関東地整 都市整備課):
課題や難航していることはありますか。
■古澤さん:
サマビル市は多様な人が住んでいる自治体です。しかし、気候変動にエネルギーを持って取り組んでいる方は、一部の白人や富裕層、学歴が高い人に偏っているのが現状です。気候変動対策を考えるうえで、興味をもって取り組んでいる人の裾野を広げるのが今後の課題です。
例えば、サマビル市では2019年から気候変動対策アンバサダープログラムというのを毎年行っています。
地域の方を25 名ほど募集し、およそ 5 か月間、計 10 回のミーティングを通じて、気候変動対策への理解を深めてもらい、地域のリーダーとしてトレーニングしています。プログラムを通じて、気候変動に関して何かしらのアクションを取るようになっています。例えば高校生の参加者は、同級生に気候変動について伝えるための冊子を作っていました。
ほかにも、自身のポッドキャストで気候変動について発信したり、気温上昇をテーマにしたアート作品をつくったり、それぞれの人のやり方で気候変動にどう取り組めるのか、自身のネットワークにどう発信するかということを、考えるきっかけになっています。
気候正義という考え方
■今:
韓国でいう半地下の暮らしのような、社会的に弱い立場の方たちが気候変動や洪水の被害を受けやすいという側面もあるのではと思っています。「何とかしてくれ」という声はないですか。
■古澤さん:
あります。今さんの質問は、気候正義という概念の良い例です。
気候変動によって生じる災害や健康被害などの悪影響はすべての人が同じように経験するわけではありません。経済的に余裕がない人や、アメリカの場合、人種差別の被害にあってきた有色人種の人や移民など、社会的に弱い立場にあるとされる人が特に影響を受けてしまうということを問題視し、正そうという考え方です。
(前編の)ニューヨークの場合では、気候正義を押していくためのNPO等が盛んに活動していて、そこが市と連携し、市が彼らの意見を取り入れる形で計画策定を行っていました。
気候正義や環境正義の概念はアメリカの連邦政府でも重要視されています。例えば、国の環境保護庁(Environmental Protection Agency)では、”Environmental Justice Screening and Mapping Tool ”という、アメリカ中のエリアの環境に関するデータ(大気汚染や下水処理に関するものなど)と、住民のデータ(低所得者の割合、有色人種の割合など)と重ね合わせて比べられるマップを公開して、環境被害が社会的な弱者とされる人たちに偏っているかを調べられるようにしています。
■今:
気候正義(Climate Justice)とか環境正義(Environmental Justice)という単語は、日本ではまだあまり耳にしない概念ですね。
■古澤さん:
確かに言葉として浸透しきっていないかもしれません。しかし、例えば防災の文脈では、立場によって被害の受け方が違うという話は日本でもありますよね。地震や台風などが起きた時にお年寄りの方が自力で避難することが難しいために日ごろから避難訓練をするとか、避難所で女性や子育てしている人の視点を加味したスペースの設計をするとか。このほかにも、所得の低い人や障がいを持っている人、移民の人など、色々な立場の人が気候変動をどのように体験するかを理解し、それぞれに必要なアプローチをとることですべての人が気候変動のリスクから守られるようにする、というのは今後とても重要な考え方だと思います。
国際的に見ると、日本は気候正義を実現する上でとても重要な役割を担っています。日本は現在世界で五番目に温室効果ガスの排出量が多く、これまでも温室効果ガスを放出しながら経済成長を進め、地球温暖化に貢献してきた国としての責任があるからです。
■山川さん(オリエンタルコンサルタンツ):
気候正義の説明の中で、いろいろなバックグラウンドを持つ人たちがいて、それぞれのリスクを分析した上で、様々な対策を考えるという話がありました。具体的にリスクというのはどんな視点で、どう評価されるのでしょうか。
■古澤さん:
例えば、ニューヨークで所得の高い人と低い人が、同じ洪水を体験したとします。2人を比べると、まず街の中で住んでいる場所が違います。前者は浸水リスクの低い家に住めますが、後者は高い家賃は払えないので浸水しやすい低地に住んでいる可能性があります。
また、浸水したとしても、お金があれば洪水保険を持っていて、家財の損害をリカバーできます。収入が低いと、洪水保険が払えなかったり、例えば言葉の壁があって保険の手続きが出来なかったりするかもしれないので、家が被害を受けると保険でカバーされない上、損害をリカバーできる経済的な余裕がない可能性があります。
洪水が終わった後も、品質の高い家ならばまた住める状態に戻すのも比較的簡単かもしれませんが、住宅の品質が低い場合、カビが生えたり、構造的に弱くなってしまうなど、被害が長期化します。さらに、安定した職業についている人ならば仕事を休んで生活を立て直す余裕があるかもしれませんが、低賃金の仕事の場合は休めなかったり、休んだら解雇されてしまったりするかもしれず、生活基盤を失ってしまうかもしれません。
とても単純な比較ですが、立場によって気候変動の影響の受け方が全然違うわけです。
おわりに
■柞山(関東地整 都市整備課):
住民それぞれの生活に対して響くものという話について、2100年と言われても、目の前の足元の今日明日、1か月、ここ数年でどう変化するかが、自分の生活にどう反映されるか、どういう影響があるかを、行政からうまく情報発信することが重要と感じました。
■古澤氏:
情報発信はとても大事ですよね。すべてが行政から発信する必要は必ずしもないと思っていて、地域で影響力のある「インフルエンサー」を頼ることも有効だと思います。首長さんがインスタをやるのはすばらしいけれども、首長さんでは届かない人にはどうやって届けるのか、と考えるのも大事ですし、アメリカの自治体でもそういったアプローチは増えてきています。
■今:
日本では、令和元年台風19号による被害が大きかったので、治水の方針を考え直すきっかけとなりました。それで、流域全体で治水に取り組む「流域治水」という概念がでてきて、まち側も災害リスクの高い所には居住を誘導するのを辞めようとか、防災集団移転などの話も出てきているところです。
そのため、きめ細やかに、より多くの人に伝えるために、このnoteで情報発信に取り組んでいますが、やはりアメリカではアウトリーチが段違いに丁寧というのを感じました。私たちも、もっといろいろな手法を試していこうと思いました。本日はどうもありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。アメリカが抱える格差や多様性、日本でもいずれ求められていく観点なのだろうと思いました。そしてアメリカの都市の多様性へ対応の細やかさに驚きました。未来への正義感の強さもさすがアメリカと感じました。海外の取り組みについて学ぶと視野が広がりますね。
次回以降は再度国内の話に戻ります。引き続きよろしくお願いします!
★このメンバーでお話を伺いました★
インタビュアー
上中央:今佐和子(関東地方整備局 建政部 都市整備課 課長)
左下:柞山このみ(関東地方整備局 建政部 都市整備課 技術指導係長)
インタビュー補助
右上:山川仙和((株)オリエンタルコンサルタンツ)
右下:梅川唯((株)オリエンタルコンサルタンツ)
左上:日向惠里名((株)オリエンタルコンサルタンツ)