1−06「オドラデクの世界」
7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。
前回は葉思堯の「心得なし」でした。今回は親指Pの「オドラデクの世界」です。それではお楽しみください!
【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e
【前回までの杣道】 1-05「心得なし」/葉思堯 https://note.com/celes/n/ne11b8e9ebb46?magazine_key=me545d5dc684e
1-04 「実家の犬がわけもなく壁に向かって吠えてました」/屋上屋稔
https://note.com/qkomainu/n/nb7be7d79f128?magazine_key=me545d5dc684e
_____________________________
カナダの写真家ジェフ・ウォールに「Odradek Taboritska 8 Prague」*1と題された写真作品がある。薄暗く、カビが臭うような、古アパートの階段を降りる若い女を撮ったものだ。ややうつむき加減に階段を降りる若い女は、どこか不安を抱えているようにも思える。
この作品は言うまでもなく、フランツ・カフカの短編「父の気がかり」*2に登場する「Odradek(オドラデク)」を参照にしたものである。この奇妙な名前をもつ「オドラデク」は何ものか?
「ちょっとみると平べったい星型の糸巻きようなやつだ。(略)ただの糸巻きではなく、星状の真中から小さな棒が突き出ている。これと直角に棒が一本ついていて、オドラデクはこの棒と星型のとんがりの一つを二本足にしてつっ立っている」。玩具のようでいて、生き物のような、得体の知れない存在。名前を問うと、「オドラデク」と答える。「オドラデク」はアパートのあっちこっちに出没する。「屋根裏にいたかと思うと階段にいる。廊下にいたかと思うと玄関にいる。(略)ドアをあけると階段の手すりによっかかっていたりする」。
ジェフ・ウォールの作品は、このあたりのくだりを写真にしたものだろう。確かに、ジェフ・ウォールの写真には「オドラデク」が出てきそうな雰囲気がただよっている。
誰の害になるわけでもないが、「オドラデク」は死ぬことがない。父にとって、「自分が死んだあともあいつが生きていると思うと、胸がしめつけられるここちがする」。それが父の気がかりというわけだ。
ジェフ・ウォールの作品は、娘に対する父の不安(気がかり)を描写したものか、それとも娘自身の不安を描いているのか。それ以上に、より一般的な不安、気がかり、不気味なものが主題化されているのだろうか。いずれにしろ、カフカにあっては、その不安が「オドラデク」という得体の知れない、不気味な”モノ”として実在的に指示されていることがポイントだろう。ジェフ・ウォールの作品にあっても、そのあたりの不気味さがうまく表現されている。
ところで、ジョルジュ・アガンベンはその著『スタンツェ』*3のなかで、「オドラデクの世界で 商品を前にした芸術作品」という一章を設けている。ここでの中心テーマは、「フェティッシュ」あるいは「物神性」である。
「フェティッシュ」とは日本語では「呪物崇拝」と訳されるように、もともとは18世紀啓蒙主義時代の民族学者シャルル・ド・ブロスによって使われたものだ。自然物に超自然的な力が宿ることを認め、崇拝するという宗教学的な用語である。その後、ブロスの『フェティッシュ諸神の崇拝』を読んだマルクスが資本主義における「貨幣崇拝」にパラフレーズし、さらにアルフレッド・ビネやクラフト=エービング、そしてフロイトが性的倒錯の一形態として使うようになっていく。
実際、アガンベンも、「フェティッシュ」というテーマをフロイトの精神分析学とマルクスの商品論を両軸に、19世紀末から20世紀初頭における、物、商品と芸術作品の有り様を論じている。アガンベンが「フェティッシュ」という概念を通して論じようとしているのは、人間と物との関わり、あり方である。
なぜ、19世紀末から20世紀初頭にかけて、「フェティッシュ」という概念が前景化してきたのか。アガンベンは、商品の誕生*4と芸術作品の変容を通して、人間と物との関わりに大きな変化が生じたと論じている。その変化の徴し(=不安)を形象化したものが「オドラデク」というわけだ。
ここで少し、アガンベンの記述にならって、物の変化に関わる歴史的現象をおさらいし、アトランダムに列挙してみよう。カフカの「父の気がかり」(1917年)、デュシャンのレディ・メイド(1915年)、フロイトの「フェティシュズム」と題された論文(1927年)、物に生じた変化を記したリルケの書簡や作品(1912~1925年)、商品の物神性を論じたマルクスの『資本論』(1867年)、物の見本市「万国博覧会」の開催(1851~1889年)、ボードレールによる「万国博覧会」レポート(1855年)、物に翻弄される姿を描いたグランヴィルの挿絵(1843年)・・・・・。おそらくまだまだ列挙可能だろう。19世紀後半から20世紀初頭にかけて生じた、人と物との関係の変容。
フロイトやマルクスが再概念化した「フェティッシュ」については、それぞれの著書にあたってほしいが、そもそも、なぜ、人間と物との関わりのなかで、フェティッシュという心的現象が生じるのか。なぜ、物に対する「呪物崇拝」が近代になって、新たな姿で再登場してきたのか。とりわけ、資本主義生産体制において顕著になったのか。ハイデッガーから、昨今流行りの思弁的実在論まで、人間と物とがどう関わり、物をどうとらえるかは、いまだホットなトピックであることは間違いない。今もまだ「オドラデク」はわれわれの周囲をうろついている*5。
注
*1:このプラハの住所は、実際、カフカが住んでいた建物なのか、あるいは
生家なのか、そのあたりは分からないが、カフカに関係していることは
確かだろう。ジェフ・ウォールの写真作品は、いわゆるスナップショッ
トのように見えるが、そうではない。特定の場所を自ら選び、モデルを
配して撮影するステージ・フォトと言われるものである。ウォールはボ
ードレールの「現代生活の絵画」にならって、現代の生活の一シーンを
写真で描いている(切り取っているのではない)。
*2:「父の気がかり」(『カフカ短篇集』池内紀編訳)。引用も同様。
*3:ジョルジュ・アガンベン著『スタンツェ』(岡田温司訳)
*4:もちろん、19世紀以前に商品がなかったわけではないが、資本制生産様
式において、商品という形態が支配的になったということである。
*5:最近、デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブークソどうでも
いい仕事の理論』を読んだが、「ブルシット・ジョブ」とはまさに、物
神性をつくりだす、フェティッシュな仕事にほかならない。おそらく、
オドラデクの世界とは、黄金と糞が、最も贅沢なモノとガラクタが逆転
してしまう、きわめてパラドキシカルなモノの世界ともいえるだろう。